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「う、うるう年!だな」
「……えっ?」
アイツは突然、そんな事を言い出した。
困惑する俺は、振り返ってアイツを見る。窓際のアイツは空の闇を背負っていて、濃いホットチョコみたいな色合いになっていた。
「――なあ、お前さ。俺のこと、嫌い?」
「――え」
一瞬、何を言われたかピンと来なかった。
その意味を咀嚼する頃には、カカオ100%な苦みが全身を包んでいて、目がちかちかした。指先から力が抜けて、財布が地面に落ちる。
「な、なんで、そう?」
「いや。なんか、友チョコ?俺にだけなかったから」
「あっ……」
寂しそうに、あれは本当だったらしい。
寂しそうなアイツの顔は初めてで、その冷たい、興味を持っていないような表情がひどく脆く見えた。
傷つけてしまったのか、俺が、アイツを。
俺は、ええいままよとリュックを漁り、角が凹んだハートのラッピングのチョコをアイツに突き付けた。窓辺からずり落ちたアイツは、きょとん、と疑問符を浮かべている。
「すっ!好き!だから!嫌い、じゃないから……っ!!」
「……えっ」
そういう事じゃないなぁ、と思いつつ、止まらない。
「俺、お前が好きなんだっ。こっ、こう言う意味で!」
ハートを指差しながら言う。
時間が止まる。頬が焼ける。鼓動は熊蜂の飛行だ。
「……それ、本気?」
疑うような、とても冷たいアイツの声。
顔なんて、見られなくて、早くも涙声で俺は言った。
「そうだよっ。本気!」
アイツの声はなく、俯いた俺には、ガサガサしか聞こえない。
鼓動か、耳鳴りか、と思っていたら、どちらでもなかった。
「……んむっ?」
「はぁ、んっ」
「……んぅ、ん、ああぅ」
「ん、くっ。はぁ――」
思考が、停止した。
アイツは、キスしてきたのだ。しかも、口の中がトロトロなチョコだらけな状態で。
甘くて、気持ちよくて、トロトロで、ザラザラで。
荒い吐息が鼻の下に掛かって、下半身が熱くなるのが分かった。唾液の他に甘ったるいチョコの波が絡まって、粘着質な音がする。
「――これが、俺の答え」
「……………………………」
恥ずかしそうに言うアイツの声は、今までよりもずっと、温かい。
「……ひゃむ」
情けない声を、また唇で塞がれる。
これが俺の、初めての人との初めてのキスだった。
「……甘い」
――終わり
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