衝突

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衝突

 更に一月が過ぎ、季節は夏になっていた。畑の作物は健やかに実り、収穫の時を迎えていた。四人は各々ハサミを持つと、収穫を始めた。ハサミを入れると植物の青々しい匂いが辺りに広がる。四人は収穫した実をザルに入れた。真っ赤に実ったトマトや、翡翠の様に緑に輝くキュウリが美しい。 「よーし、今日はこれで夏カレーを作るぞ!」 竜也はそう言うと、皆をつれて家庭科室へ入った。使用許可は既に取ってある。 「よし、明里は野菜を切ってくれ。淳は鍋に水を入れて準備だ。夏実は米を炊いてくれ」 竜也はそう指示を出すと、カレーのルーを開けた。  カレーが出来上がると、四人は西村を呼び出し、テーブルに皿を並べて、席に着いた。 「中々良い出来じゃない?」 夏実が興奮した声を出す。 「お前ら、やったな!」 西村は感心したように言った。 「そうだな。よし、頂こう」 四人はカレーにガッついた。夏野菜の風味がカレーと混ざって、食欲をそそる。一同はあっという間にカレーを平らげると、満足げに溜め息を付いた。 「こうして自分達で育てた野菜でカレーを作って食べる、最高だな!」 西村が皆を見回して言った。 「先生は畑作りやっていないじゃ無いですか!」 夏実が抗議する。 「ハハハ、まあそう言うな」 一同はどっと笑った。夏の暑い日差しが照り付けて、エデンクラブの周囲は熱気に包まれていた。夏の暑さが、青春の輝きを後押ししているように感じられて、皆笑顔になった。その日は、カレー談義で盛り上がった。  夜、竜也が部屋でくつろいでいると、妹の真奈美(まなみ)が息を切らしてやって来た。 「おい、ノック位しろよ!」 「お兄ちゃん、大変だよ! 今TVで……月が……ちょっと来て!」 妹に着いて居間へ行くと、緊急特別ニュースをやっていた。 『……月の起動がずれ、どんどん地球に近付いています。このまま行くと、月は一週間後、地球に落下します。科学者の計算によると、落下地点は太平洋です。日本も無事では済まないでしょう。皆さん、パニックを起こさないで下さい。落ち着いて行動して下さい……』 竜也は絶句した。月が地球に落ちてくる! 終わりだ。どうする? どうしてみようもない。竜也は明里の顔を思い浮かべた。最後の日を、皆でエデンクラブで過ごそう。上手くいけば、肉体は失っても、意識は宇宙へ行けるかも知れない。いや、行くんだ。竜也は明里に電話した。 「もしもし? あ、明里。ニュース見たか? うん、うん。明日から、皆でエデンクラブで過ごそう。授業は出る必要はない。終わりの時を皆で待つんだ。上手く行けば、宇宙へ出れるさ。一緒にエデンへ還ろう。皆にもそう伝えてくれ」  竜也は部屋へ戻ると、ベッドへ寝転んで、科学雑誌を広げた。宇宙の美……ここへ還るだけなのだ。恐れることはない。むしろ、エデンへ還れるなら、それは喜ばしい事なのだ。皆で還ろう。  翌日から、学校は休校となった。四人はエデンクラブに集まって、地球最後の時を共に過ごすことにした。 「いよいよ地球もおしまいなのね」 明里が溜め息を付く。 「そうだな。でも、良いんだよ、俺達は宇宙へ出るんだから」 「本当に宇宙へ出れるかしら?」 「出るのさ。皆で」 「地球がおしまいだというのに、皆嬉しそうですね」 夏実がウフフと笑う。 「地球生活も楽しかったさ、な?」 淳が竜也の肩を叩いた。 「うん……それと、今だから言うけど……」 竜也は少し口ごもって明里を見つめた。 「なあに?」 明里は屈託の無い笑顔で訊く。 「俺、明里の事が好きだったんだ。いや、今も好きだ。だけど、最初の頃の好きと今の好きは少し違うんだ……」 「どういう事?」 「うん、初めの頃は、いわゆる普通の恋愛感情かなって思っていた。今の明里への思いより、もっと生々しい欲望の混じったね。明里とエデンへ行きたいっていう思いと、ギラギラしたした欲望が入り雑じって、複雑な気持ちだった。 押さえていたけど」 「……知ってたわ」 「俺を軽蔑するかい?」 「いいえ」 「でも今は……何て言うか、宇宙を旅する同志になって欲しいっていうか。明里、俺と宇宙で融合して、一つの光になってくれないか?」 明里は静かに呼吸をすると、 「ええ。良いわよ。楽しそうだもの」 とだけ言った。竜也はホッと胸を撫で下ろした。いよいよ宇宙へ旅立つのだ。それは素敵な夢だった。さあ、皆で還ろう!  一週間後。月は地球へ衝突した。凄まじい衝撃で地球は崩壊した。地球上の生物はほぼ全滅。だが――竜也達は宇宙にいた。地球から遠く離れた……というか、物理宇宙とは別の次元の宇宙である。五次元宇宙に竜也達は漂っていた。霊となって――ここでは最早人格は意味を成さなかった。竜也は明里と、淳は夏実と融合して、二つの光源となって周囲を照らしていた。四人は至福に包まれていた。それは、地球にいた時に味わった、どんな楽しみとも違う、意識が常に幸福感で高揚する、無限の喜びだった。四人は既に、人間という枠を越えて、広がり続ける至福空間の一意識体として、周囲に溶けていた。
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