走れ走れ走れ!

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「勇者さん、これからどうするんです」 「魔王の所に行くか、宝珠を探すかだ。宝珠が一つあれば魔王は殺せるだろう。だが、二つあれば、あの怪物も殺せる」  廃墟を進むタクシーでの会話である。  勇者と名乗った男は窓越しに怪獣の方を見ていた。怪獣は太陽に向かって吠えている。  何度もビームを口から放っているが、太陽に届くことも無い。とうとう、怪獣は隣りにあるビルなどを薙ぎ払い始めた。  砕けたガラスを尚も踏み砕き、苛立たし気にしている。 「おい田中、殺した方が良いんだろ?」 「え、ええ、殺していただけるんならそれが一番ですけど、貴方本当に倒せるんですか」 「二言は無いさ。倒せる」  頭のおかしいコスプレ野郎だと思っていたのだが、勇者が先程から手入れしている剣はどうも本物らしかった。マントの下には盾もあり、どうやら本物の鎧を着こなしているようにも見える。  何より、先程から魔王がどうこうのニュースをやっているのである。  勇者は魔王と怪獣を倒してくれると言っている。  となると、これは確かに一世一代の大仕事であるということなのだ。  田中は随分と浮ついた自分になっていくのに気づいた。  そのせいで、気づかなかったのだ。  目の前に人影が現れたことに……。 「おげぎゃあ!」  猫が足を踏まれたようなうめき声と共に、高校生らしき人物が吹っ飛んで行く。あわててブレーキを踏んだが、もうぶつかったのだから遅すぎる。  少年の身体は地面に転がり、ぴくりともしなかった。 「おい、ドアを開けろ」  勇者は珍しく焦った声を発した。言われるまでもなくそうすると、勇者は少年の側にひざまずいた。  瞬間、魔犬が辺りにたむろする。 「消えろ」  底冷えするような一喝。  そして、冷徹な瞳が辺りを一瞥すると、魔犬達はあっという間に逃げ出した。 「ほ、本物なんだ」  田中ははっきりと勇者の言ったことが嘘でないと感じ取った。 「田中、俺の落ち度だ。こいつを蘇生させる」  勇者の顔は、一瞬、蒼白に見えた。  右手が少しだけ、震えているようにも見える。 「魔法ですか? 蘇生の魔法」 「宝珠の魔力を生命力に変えて譲渡するだけだ。そんなに大層なもんじゃない」  正直、助かるならどちらでも良かった。勇者は青く光る珠を懐から取り出した。そうして、宝珠を少年の胸に押し当てると、何やら呪文を唱え始める。  血の気を失った少年の顔が少しずつ明るくなって行く。  勇者は何度も呪文を唱え続けた。  そして、 「ぶはっ、えっ、俺?」  黒ずくめの少年は自分の身体を見下ろして瞬きする。 「消えろ」  輝きを失った宝珠を懐にしまいながら、勇者は言った。その声には今までにない曇りがあった。顔を逸らし、どこか向こうを見るような様子である。 「あ、どうもありがとうございます」  少年は朗らかに笑って踵を返した。  出血は止まっているので、魔犬に襲われることは無いだろう 「いや、一つだけ教えてから消えろ」 「え、何ですか?」 「お前は、何で魔犬に襲われていた?」 「そりゃあ、怪我したから」 「そういうことじゃない。誰かを庇ったんじゃないのか?」 「いや、庇われました。だから、絶対に命を捨てられないなって!」 「……そうか、変わらないな」  勇者はぼそりと何かを呟いて、宝珠を掲げた。 「お前を蘇生させたことで、宝珠が輝きを失った。これは、魔王を倒すために必要な力だった」 「え、勇者さん。つまり、魔王を倒せないってことですか?」  田中が悲鳴のような声を上げた。 「いや、宝珠はもう一つあると言っただろう。それを探せばあるいは」
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