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今日に限って、こういう状況を何度も経験している。もう少し穏便に行かない物だろうか。
よく見ると、怪物の中には魔犬のようなものも何匹かいる。やはり、魔王の手下だったという事か。
さすがに高校生一人の機転で何とかなる状況ではなかった。
両手を上げ、降参の意を見せながらお縄頂戴される他なかったのである。
田中はめそめそと泣いていた。
「ごめん、お袋、ごめんよお」
と、泣いている。
田中にもやはり家族はいるのだ。ユタカにだって家族はいる。ここで、諦める訳にはいかない。彼らと生きる未来がここで断たれるのは我慢がならない。
(思い出せ、こういうとき、ラノベの主人公ならどうする? 何の力も持たない主人公が敵を煙に巻くには? ハッタリだ。ハッタリをかますしか無い)
ユタカは顔を上げた。
「殺せるなら殺してみろ。オレたちは宝珠の在処を知っている」
「ほう?」
魔王は興味を持ったように右手を止めた。
心臓が跳ね上がりそうな心地だった。
ゆっくりと顔を上げ、余裕たっぷりの顔を見せつける。もちろんブラフだ。
「教えて欲しければ交換条件をのめ」
ユタカにはずっと考えていたことがあった。
確証はないが、それを利用すれば、あるいは。
「俺たちを逃がせ」
「いいだろう。(くくく、在処を聞いた瞬間、消してくれるわ)」
心の声がだだ漏れだった。
予想通りだったから、ユタカは苦笑を口の端に浮かべそうになった。あわてて顔を引き締め、魔王をにらむ。
「こっちとしても、情報提供だけで逃げ切れるとは思っていないぜ。だから、逃がすためのもう一つの条件を提案する。俺と一騎打ちだ」
「ほう、貴様とか」
「そうだ。男子高校生が度々異世界に転生する意味を知っているか? それは男子高校生が持っているダークソウルが魔法と相性がいいからだ。そして、俺のダークソウルは誰よりも強い。お前達とこうして干渉している今も、俺の魔力は高まり続けている」
右手で顔を覆い隠し、眼だけを露出させる。
ややS字を描くように身体を折り曲げ、にやりと笑った。
「さあ、魔王よ。俺と戦う度胸があるか。ないだろうなあ、お前は腰抜けの臆病者だ。最強の必殺技でも俺に傷一つ付けられないと諦め切っているんだろう。でかい火の玉でも何でも撃つが良い。そうだな、出来ればぴかぴか光る系の技が良いな。ほらほらやれやれ」
「いいだろう」
魔王は一気に飛び上がり、右手を空にかかげた。
「これより深紅の魔を集約せん。喜び湧き上がるタナトスの咆哮。悲嘆にくれるガイアの嘆き。地に満ちよ女神の嘆き。漆黒の翼、金色の翼。赤き光輪を冠し、その冠で神の如き威容を顕現せん。唸れ唸れ唸れ、獣達の咆哮。捩れ捩れ捩れ、世界の理。集え集え集え、亡者達の苦悩」
「おい、ちょっと?」
「肉湧き踊る火炎太鼓。豪砲は空を満たし、黒煙は天を衝く。炎と憎しみは交わって終わり無き戦火をこの世にもたらす。行く末は国を破り山河をもたらす究極の破滅。凍える如き灼熱の炎は、我が両椀に今も集い続けん。十指に通う血潮の光。赤々と燃える生命の灯火。煌煌と燃える冥府の灯火。反転する現世と霊界。生の女神も凍り付かせ、その身を焦がす零落の炎よ」
「長い、長い」
「ええと……ああっ、白夜の如き朱色の火球……」
「長ゼリフだもんね。そりゃ分かんなくな……」
魔王が詠唱し続ける間、オレンジ色の火珠が上空で膨らみ続けていた。田中は震え、けしかけたユタカでさえも怖じ気づくような、強烈な炎だった。
だが、ユタカの目的は達せられた。
怪獣が魔王の方を振り返り、口からの強烈なビームを浴びせかけたのだ。
オレンジ色の光の柱は火球を掻き消した後、魔王にも容赦なく浴びせかけられた。魔王は叫び声を上げながら地面に落ちて行く。
「逃げろ!」
ユタカは田中を振り返り、声の限りに叫んだ。
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