探せ!探せ!探せ!!

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 肺が凍るかと思った。  振り返ることはあえてしなかったが、振り返りたい衝動は強烈だった。  田中は振り返っていた。 「おい、馬鹿野郎」  しりもちを突く彼の手を引っ張ろうと右手を伸ばした。  その時、  「しっし、ステイ! 言うこと聞きなさい!」  魔王の悲鳴が聞こえる。  まるで、飼い犬に手を噛まれたような風情である。とうとう、振り返るしか無かった。  何が起きているのか。  好奇心のあまり足を止め、自分が必死で息を吸って吐いているのに気づくと同時。  ユタカは歓喜のあまり大声を上げそうになっていた。  魔王にたかっているのは先程の魔犬だった。  ビームを食らって出血とはある意味タフである。普通は焼けただれるはずだが。  犬にがりがり肌を削られる魔王を見て、ユタカは一息吐いた。 「よし、時間が稼げます。逃げましょう」 「あ、ああ、そうだね。どこかに車は無いかな。私、すっかり腰が抜けちゃって」 「……だあっ!」  ユタカの英断、田中を背負って逃げるというもの。 (こういう状況で人を見捨てると、怪獣の餌食になるのは定石だ)  ユタカの中にはそんな計算もあった。  靴が地面をずっていた。ユタカの背中こそ抜けそうだった。  こうなると英断でも何でもなかった。 「田中さん、背中戻った?」 「あ、ああ、おかげさまで」 「そうか、良かったぜ」  ユタカは地面に突っ伏し笑った。 「す、すぐ逃げましょう」 「いや、今度はこっちの腰が抜けました」 「……だあっ!」 「ちょっと待て、俺は置いてくの?」  田中は二度、三度と足を進めた後、立ち止まった。 「すいません、怖くってえ!」   田中は這々の体でこちらに向かって来る。そうして、ユタカを背負うのだが、田中ときたら一歩も前に進めない。弱々しい足腰も手伝って、ユタカの重量を骨身にしみて感じているらしかった。  あげく、二人は地面に折り重なるように倒れた。 「何だか知らんが、一世一代のチャンスを潰したなあ」 「くそ、魔王てめえ……」  ユタカは攻撃的な表情で振り返ったが、目を丸くする。  魔王は相変わらず魔犬達を引きずっていた。 「くくく、今度は肉弾戦闘で倒してくれる。あの怪獣はどうやら魔力に反応して攻撃するらしいからな」  これは、魔王の勘違いである。 「いいかげん離れんか!」  魔王は魔犬達を弾き飛ばすと、ぐるりと腕を回した。 「さあ、一騎打ちが所望だったな。勇者をも屠るこの一撃を食らう自信はあるかあっ?」  横殴りの拳が魔王の側にあるがれきを、ことごとく四散させた。  田中は女の子座りでへたり込み、ユタカも地面に膝を屈しそうになった。  だが、ざっと地面を踏みしめ顔を上げる。 (自分を奮い立たせるんだ。ラノベの主人公なら、ここで膝を屈したりはしないはずだ。俺は多分主人公キャラっぽいし、ここは乗り切れるはずだ) 「いいぜ、俺だって魔拳流派、幻影拳闘(シャドーボクシング)を極めた者だ。幻影拳闘は、一本の紐が切れる程のスピードで放たれる音速の拳」 「ほう、使い手であったか、どうして頭がキレる」 「目に見えねえ連続の拳に威力は無いものの、幻影のように過ぎ去り、幻影のようにお前の命を奪っている」  必死で足が震え出すのを我慢していた。  彼の目には、勇者が写っていた。巨大な剣をぐるりと回し、魔王の背後を取ろうとしている。 「では、行くぞ」
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