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シーン1-2
三月下旬。五分咲きの桜の花がそこここに見える千原城駅で電車から降り、通りに出る玲奈。
キャスター付きのスーツケースを引きながら町を見回す。
玲奈「十年ぶりかな。まあ、帰省では何回も帰って来てたけど、今日からまたここで暮らすのか」
プップーとクラクションが鳴り、軽自動車が玲奈の横に停まる。運転席から降りて来る中年の女性。
玲奈「あ、お母さん!」
母「お帰り、玲奈。元気にしてたかい? 荷物はトランクに入れて」
車が住宅地の一軒家の駐車スペースに入る。
玲奈と母が玄関から中に入る。上がってすぐのリビングのソファに座って、中年の堅物という雰囲気の男性が新聞を手に持って読んでいる。
玲奈「お父さん、今帰ってきました」
父「ああ、そうか」
母「ちょっと、お父さん。娘が久しぶりに家に戻って来たのに、他に言う事ないいの。まったくもう、不愛想なんだから」
玲奈「いいよ、お母さん。慣れてるから」
父「おまえ、足の方はもういいのか?」
玲奈「え? ああ、うん、もう大丈夫。普通の運動ならできる程度には回復してるって」
父「そうか。ま、しばらくはゆっくりしろ」
母「じゃあ、荷物片づけちゃいましょ。二階の玲奈の部屋はそのままにしてあるからね」
場面転換
玲奈の部屋。きっちり整えられたベッドが壁際にある。
玲奈がベッドの上にうつ伏せに寝転ぶ。
玲奈「ああ、やっぱいいなあ、実家のベッドは。なんか眠くなりそう」
そう言いながら、さっそく寝息を立て始める玲奈。
場面転換
玲奈の夢の中の回想。
バレーボールのコート脇。試合中に監督に呼ばれる玲奈。
監督「沢木、選手交代でおまえが入れ。分かってるな、そろそろ結果を出せ」
玲奈「はい!」
監督「おまえももうすぐ28だ。プロバレーボール選手としては背も高い方じゃない。この試合で結果を出せなかったら、後がないと思え!」
コートの中で必死でボールを追う玲奈の姿。隣の選手が見かねて玲奈に声をかける。
選手「沢木さん、あまり無理しないで。まだ前半なんだから」
玲奈「はあ、はあ、大丈夫よ。まだやれる」
コートラインぎりぎりにボールが落ちて来る。「アウトかも!」というチームメートの声を聞き流し、無理な体勢でレシーブしようと突っ込む玲奈。
玲奈の右足、ふくらはぎの辺りで「ブチッ」と音。
床に横向きに倒れ右足を両手で抱え込んで痛みにのたうち回る玲奈。
場面転換
玲奈の部屋。玲奈がベッドの上で汗まみれで飛び起きる。
玲奈「また、あの時の夢か……」
玲奈は自分の右のふくらはぎに手を添える。
玲奈「靭帯断裂……こんな形で選手生命終わるとはね」
場面転換
ダイニングで父、母、玲奈が夕飯を食べている。
父「玲奈、これからどうするつもりでいる?」
玲奈「どうするって?」
父「仕事だ。まさかニートになる気か?」
玲奈「いや、そりゃ何かするつもりだけど」
父「年が28にもなって高卒。こんな地方都市じゃろくな仕事は見つからんぞ」
母「あなたの勤め先でアルバイトとかないの」
父「地方銀行に今そんな余裕があるもんか。それ以前に私が行員だから、そのコネでなんて、そんな事が通用する時代じゃない」
玲奈「まあ、なんとか探してみるよ。とりあえず明日、ハローワーク行ってみる」
場面転換
ハローワークの求人閲覧コーナー。パソコンの前に座って求人一覧を見ている玲奈。
玲奈「これも資格が必要なのか。あたしってスポーツ馬鹿一直線だったから、何も持ってないしな。あ、これは……だめだ、運転免許が必須だ」
30分後、玲奈はあきらめかけている。
玲奈「分かってたつもりだけど、東京と違って、ほんとに仕事無いなあ。アルバイトでもよしとするか。あれ、これならいけそう……それも市役所?」
場面転換
玲奈の自宅。ダイニングで夕食を終えたところで、玲奈がおずおずと父親に話を切り出す。
玲奈「あ、あのね、お父さん。しばらくの間、アルバイトで働いてみようと思うんだけど」
父「アルバイト? 水商売じゃないだろうな」
玲奈が求人票を出して父親に見せる。
玲奈「なんかよく分かんないけど、市役所のアルバイト。まちづくり振興課って所なんだけど」
後ろで食器をシンクに入れながら母親が振り向く。
母「ああ、聞いた事あるよ。ほら、うちの市は県庁から、まちづくり特例市に指定されてるじゃない。その関連の仕事じゃないかしら」
父「ふむ、アルバイトとは言え、市役所の仕事なら安心か。いいぞ、やってみろ玲奈」
玲奈「うん! じゃあ、あさって面談に行って来る」
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