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✩.*˚
『妾腹』
『卑しい子』
『どの面下げて生きてやがる』
『なぜ生まれてきた』
『産まなきゃ良かった』
過去から声がした。
耳を塞いでも、逃げようとも声は追ってくる。
夢だと知ってても、過去に受けた心の傷を抉るには十分な悪夢だ。
罵る声が俺が生きてる証拠だった。
呪う声は今でも聞こえる。
俺を呪う声は、俺を捻れた歪な形に育てるのに十分だった。
実の父さえ俺の出自を呪った。
まぁ、邪魔だったんだろうな…望まれて生まれた訳じゃない、当然だ…
ただ、愛されたいとは思ってた…
親父がどういう人間か知っていた。
無能は嫌いだ、口だけの奴も嫌いだ。
力だけが全てだ、ただそれだけだ。
俺に出来ることは、親父が無視できない男になるだけだった。
辛酸も舐めた、苦痛も味わった、屈辱も甘んじた。
いつしか親父は俺を『息子』と自慢した。
俺の復讐はそこで完成したはずだった…
部屋に差し込んだ朝日に救われて、悪夢から逃げ帰った。
汚いシミのある天井でも、何故か見ると少しだけ落ち着いた。
悪夢のせいで、早鐘を打つ心臓を宥めようと、深呼吸してふと気が付く。
寝違えたのか?左腕が重い…
腕を見ようとして視線を動かして驚いた。
目の前に、黒いサラサラした長い髪と、長いまつ毛に縁取られた瞼がある。
密着して眠る顔は俺の腕を枕にしていた。
昨日酔っ払って女でも連れ込んだのかと思った。
驚いて毛布をはね上げると、隣で寝てた奴は寒そうに震えて目を開けた。
長いまつ毛の下から、眠そうな菫色の瞳が覗く。
「…おはよう」と女みたいな顔が俺を見上げた。
「あ、あぁ…悪い、起こしたな」
昨日増えた居候の存在を忘れていた。
「…もう朝?」とスーは目を擦りながら訊ね、伸びをして眠気を追い払った。
顔にかかる黒い髪を手櫛で整えてる姿はまるで女だ。
危ねぇ…騙されるところだった…
寝床がひとつしかないから、引っ付いて寝たのを忘れてた…
机に投げ出した煙草を咥える。とにかく落ち着きたかった。
「井戸って何処かな?」とスーが訊ねた。
「外だ」と答えると、彼は行っていいか訊ねた。
「俺も行く」と言ってスーを待たせると、乾いた布と空の水瓶を手にした。
用意をしている間、スーはずっと子供みたいな視線で俺を追いかけていた。
「何だよ?」
「昨日の傷、大丈夫?」
「何だ、そんなことか?平気だよ、平気」と軽く返した。
「こんなのかすり傷にもなりゃしねぇよ」
ギュンターの暴力には慣れてる。
子供の頃から何も変わらない。
自分より弱い者には何をしても良いと思ってる嫌な奴だ。
親父に似て、異母弟は体躯に恵まれていた。
俺には無いものだ。
その代わり、俺には別のものを授かっていた。
どんなに願っても、金を積もうとも手に入ることの無い生まれ持った特別な能力。
神様という奴は、《祝福》を与える相手を俺に選んだ。
ギュンターが俺を憎む一番の理由はそれだ…
スーに害がなければ良いが、それだけは親父に約束させなければならない。
こいつを預かっている以上、こいつの安全を保証してやるのが俺の役目だ。
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