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約束
二人分の用意を済ませると、街道に出てまずシュミットシュタットに向かった。
ワルターの行き先は分からないが、行きそうな所にはいくつか心当たりがあった。
彼も全く頼る相手の無い所には行かないだろうし、行くなら知り合いのいる土地だろう。
近いのはシュミットシュタット、シュタインスタット辺りだ。
あとは少し離れているが、古巣の仲間のところというのも考えられる。ヘンリックのところや、それこそ遠いがフリッツのところかもしれない。まぁ、その場合は実父であるグスタフに追い返されるだろうが…
とりあえず一番近くから潰していくことにして、シュミットシュタットを目指した。
「お前、精霊で探せるんだろ?旦那の居場所分からねぇのか?」
「ある程度近くなら探せるけど、結構距離がある場合は無理だよ。探索に使う風精は飽きっぽいし、地精は縄張りが厳しいんだ。どちらもあまり遠くまでは行けない」
「面倒クセェな…」
「まぁ、シュタインシュタットに行けばレオンがいる。彼に探してもらったら何かしら情報はあるはずだ」
「レオンは良いが、俺はカーティスは苦手だ…あの男気味が悪い…」
「そういえば、お前たちカーティスのこと苦手だよな?そんなに毛嫌いしなくてもいいだろ?」
「あんな気持ち悪いのによく話できるな…
あいつは《エッダ》なら多分避ける相手だ。見た目が完全に《黒い人神》なんだよ」
「《黒い人神》?」聞き馴染みのない単語に聞き返すと、ディルクは《黒い人神》について教えてくれた。
「年寄りがガキの躾に使う怖い話の一つさ。
元々人間だったが、神様の定めた世界の禁忌に触れて呪いを食らったんだと…
それから呪いから逃れるために子供を攫って恐ろしげな魔術の材料にするようになったっていう話さ。どこにでもある悪ガキをビビらせるような話だよ」
「なるほど」と頷いて笑った。
ディルクたちがカーティスが苦手な理由がよくわかった。本当に子どもの頃の躾って大事だ。
「なぁ、前から気になってたんだけどさ、《エッダ》ってなんだ?」
「はぁ?なんだよ、藪から棒に…《エッダ》は《エッダ》だろ?」
「分かってるよ。でも、そもそもその《エッダ》って何者なんだ?」
「俺だって知らねぇよ。俺は早くに親亡くしているからな…
知りたかったら、ちゃんと《エッダ》の家族で育ったやつに訊けよ。まぁ、《エッダ》って言ってもピンキリだからな…お前の質問に答えられるような奴も少ないだろうよ」
ディルクはそう曖昧に濁して話を終わらせた。
どうやらディルクは本当に知らないみたいだ。
ラーチシュタットで出会った風の姉妹たちの会話で《エッダ》がどうのって言っていた。
そういえば、イザークは何故かエルフの言葉を知っていた。意味までは知らなかったが、それでもあいつが独学で覚えるような言葉じゃないのは確かだ。
知らないことを問い詰めたところで分かるわけでもない。それ以上訊ねたところで同行者の機嫌を悪くするだけだ。
《エッダ》のことはとりあえず置いといて、別の話に切り替えることにした。
「そういえば、こうやってお前と話すの久しぶりだな」
「まぁ、そうだな…」
「なんだよ?ノリ悪いな?」
「別に…ガキみたいに大喜びしたら満足か?」と返すディルクの眉間には不機嫌が刻まれている。なんかどことなく拗ねてるみたいだ…
確かに、俺が仕事増やしたみたいになってるけどさ…
「なんか…怒ってる?」
「何に?俺は元からこういう顔だろ?」
ディルクは自覚が無いのか、そう言って眉間のシワを更に深くした。
「だって、ここ」自分の眉間をトントンと指でつついて指摘すると、ディルクも自分の険しい顔に気づいたらしい。額に手を当てて苦いため息を吐き出していた。
ディルクも疲れてるんだろう…
昨日もワルターのせいで遅かったみたいだし、当然といえば当然だ。
なんとなく悪い気がしてそれ以上話しかけるのを止めた。
気まずい空気と馬の蹄の音だけがシュタインシュタットへの伴になった。
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