約束

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額から離れた手を追いかけるように勝手に手が動いた。引いた手を掴まれたスーは驚いた紫色の瞳で俺を見返していた。 「お前は…ちゃんと戻ってくんだろうな?」 勢いに任せて腹の中にあった不安を言葉にしていた。急な俺の言葉に、スーは意図が飲み込めなかったようだ。 「戻るって、なんだよ?」なんて他人事みたいに言いやがって… 「あの貴族の坊っちゃん友達なんだろ?一緒に来てくれって言われたら、お前は《燕の団》を抜けんのかって訊いてんだよ…」 全く…何言ってんだ俺は… もしスーがそれを望んだらどうすんだよ? 盗み見たスーの顔から、僅かに残っていた表情が消えた。スーはそのまま黙り込んで、しばらく肯定も否定もしなかった。 嫌な沈黙だけが俺たちの間に留まり、そのくだらない不安を言葉にした事を後悔した。 「…そんな事考えてたのか?」 「無くはねぇだろ? お前にはそんだけの実力もコネもあるんだ」 貴族の召抱えならスーも断りそうだが、《親友》なら話は違ってくる。 全く顔を見ない日が続いたせいか、俺の中でスーの像はぶれてしまっていたのかもしれない… 「戻るに決まってんだろ?」と当たり前のように言って、スーは手を引いて俺の手を払った。スーは偉そうに自由になった腕を組んでふんぞり返った。 「確かに、お前らに団のことは任せたよ。信頼しているからな。 でもあれは俺の傭兵団だ。今はアレクにかかりきりになって離れているけど必ず戻るつもりだ。 誰かによこせって言われた所で譲るもんか。だからお前らがヘマやって団潰したら絶対許さねぇからな」 スーはそう言い切ると「燕は戻ってくるんだぜ」と笑いながら嘯いた。 スーの幼い思考と偉そうな物言いは全く変わっていなかった。 俺の不安は勝手な杞憂だったようだ。スーは相変わらず遊び足らない子供のように次の楽しみを求めていた。こいつにとって《燕の団》は遊び場か一緒に悪をする悪ガキの溜まり場みたいな感覚なのだろうか? 「あの坊っちゃんは良いのか?お前の《親友》なんだろ?」 「そうだよ。アレクは《親友》だ。だけど、俺は《燕の団》で、アレクは《ヴェルフェル公子》として頑張るって決めたんだ。 もちろん助けが必要なら助けになるけど、ずっといっしょにいるのは無理だ。俺は彼の必要とした時に、《燕の団》の《団長》として手を貸すだけだ。それ以上は今の俺の身分じゃ無理だからな」 「随分、聞き分けが良いんだな?」 「そうだよ。俺は意外とまともなんだぜ」 「よく言うよ…」と呆れたようにため息で返しながら、腹ん中では安堵していた。 今すぐにスーが俺たちの前から姿を消すわけじゃないなら、今だけ《親友》とやらに特等席を譲ってやるぐらいの余裕はあるつもりだ。 「さて、そろそろ行こうか?」と勝手に話を終わらせて、スーは馬の手綱を握ると、そのまま流れるような動作で軽やかに馬の背に跨った。 翻った燕尾の外套が俺たちの旗印を思わせた。 俺は死ぬまでずっとこの男の姿を見ていたい… 俺も馬に乗ろうと馬の鞍に手をかけた。 その時、なにかに気づいたようにスーが「あ!」と間抜けな声を出して街道の方を指さした。それに釣られて視線を向けると、スーの指さした方向からこちらに向かってくる馬に乗った二人連れの姿が見えた。 結構離れていたが、目の良いスーにはそれが誰なのかすぐに分かったようだ。 「…全く、心配させて」とボヤきながらスーは向かってくる二人組に向かって駆け出した。 急いで馬に乗ってスーの後に続くと、二人組は馬の脚を緩めてこちらに手を振って見せた。それがスーの探していた男だとすぐに分かった。 「君ってば、本当に手がかかるおっさんだよな…」と意地悪い言い方をしながら、スーは戻ってきた男を歓迎していた。 まぁ、探す手間が省けたのは良いことだ。 こうして、俺の短い気分転換の外出は終わった。帰ったらフーゴの小言があると思うと少し億劫に感じるが、まぁ、悪くない気分転換だった。 そう無理やり自分を納得させて、来た道に馬を返しながら眉間に指を当てた。そこにあったはずの不機嫌なシワは消えちゃいないが目立たなくなっていた。
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