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朝からずっと姿を見ていなかったロンメル男爵夫妻が日が暮れる頃になって部屋を訪ねてきた。
『大切な話があります』と言うので、二人を部屋に通すと、まずロンメル男爵が私に詫びた。
「クラウディア様。申し訳ないのですが、昨日差し上げた《四葉》を返していただけないでしょうか?」
男爵のその言葉に驚いてとっさに返事をすることができなかった。
まさか、私の心に隠した感情を見透かされてしまったのかと思ったが、男爵の言いたいことはそうでは無かったらしい。
「自分の軽はずみな行動でクラウディア様にご無礼を致しました。
《四葉》の花言葉を考えれば渡すべきでは無かったと反省しています。《四葉》の花言葉に《貴方が欲しい》というものがありますので、公子夫人にお渡しするのは不適切でした。
決してそのようなつもりでお渡したわけではありませんので、それはご理解頂けたら幸いです」
「夫がご無礼を致しました。私からもクラウディア様に謝罪させて頂きたく存じます」
ロンメル男爵夫妻はそう言って頭を下げると、一度贈った《四葉》の返還を求めた。
やっぱり良くないことだったのだ…
私の下心で男爵に迷惑をかけてしまったのだと思って申し訳ない思いが湧いた。
「…そうですか…珍しくて気に入っていたので、残念です」
アレクシス様に知られて大事になる前に、日記に挟んで押し花にしていた四葉を持ってきて男爵にお返しした。
「申し訳ありません」と詫びながら、戻ってきた贈り物を受け取って、男爵の顔から緊張が和らいだように見えた。
お互いにとってこれが良かったのだ…
《四葉》を返して寂しさを感じながらも、私は心のどこかで安堵していた。
私の浅ましい恋は終わりを告げた…
「クラウディア様」と夫人に呼びかけられて視線を声の方に向けた。
《四葉》を求めたのは私だから、彼女は文句の一言でも言いたいのだと思っていたが、夫人の口から出たのはそれとは真逆のものだった。
「今までの私のご無礼を許して頂きたいのです。
ロンメル家の女主人としてアレクシスお兄様やクラウディア様をおもてなしすべき立場でしたのに、それが疎かになっておりました。
夫や家人に任せ切りで申し訳ありません」
「いえ、そんな…ロンメル男爵夫人は学校でお忙しいので…」
「そうだとしても、身重な義理の姉を支える立場であることは変わりません。配慮が足らず、申し訳ありませんでした。
これからは私もしっかりお支え致しますので、どうぞ頼りにして下さい」
そう言って笑顔を向けてくれた義妹の目元は少しだけ腫れていた。それが涙の跡だと分からない私では無い。
私の過ちを許してくれた彼女の優しさを無駄にすることはできなかった。
「ありがとうございます、ロンメル男爵夫人」
「クラウディア様。私のことを義理の妹としてお認めいただけるのであれば、私のことはテレーゼとお呼び下さい」
「分かりました。私もテレーゼ様と良い姉妹になりたいと思っています」
私の返事に夫人ははにかむような微笑みを見せて頷いてくれた。
《四葉》は失ったが、ロンメル男爵夫妻との軋轢にするほどのものではない。
私が素直に応じたことは結果的に良かったのだ。
ロンメル男爵夫妻は仲睦まじく顔を見合わせると、「《四葉》の代わりに」と言って男爵が席を立って何かを取りに行った。
木の皮で編んだバスケットを手に戻ってきた男爵はその贈り物を私の眼の前に置いた。バスケットの中から何か動く気配を感じる。
友好的な関係の相手からの贈り物が悪い物のはずはないが、自分から手を出すのはためらわれた。
なかなか中身を検めない私を見て、義妹が進み出て「失礼します」とバスケットの蓋に手をかけた。
「ワーグナー公爵家の皆様は猫がお好きだそうですね」
「え、えぇ。お祖父様がお好きなもので…」
現ワーグナー公爵である祖父は大の猫好きだ。それもあって、私たち家族も猫との生活は馴染のあるものだった。
義妹は私の代わりにバスケットの蓋をつまんで中身を見せてくれた。
バスケットの中には毛足の長い白い子猫が怯えた様子で蹲っていた。
青い目はまだ幼い子猫特有の色合いだ。花びらの様な愛らしいピンク色の鼻先は触れたくなるほど愛らしい。
「ワルター様が《四葉》の代わりにと。お気に召しましたらお受け取り下さい」
「う、嬉しいです…」
ワーグナー公爵家を離れてから猫にふれる機会は無かった。犬は苦手だし、猫の存在が恋しかった。
バスケットの中に手を差し入れると、子猫はモゾモゾと動いて後ろに下がった。この猫らしい、人見知りする感じもたまらなく懐かしい。
指先で撫でると柔らかい毛並みの向う側にある温もりが伝わってきた。
《四葉》と交換した白い愛らしい子猫に《クローバー》と名付けて、この子を私の子どもとして迎えた。
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