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✩.*˚
「月が綺麗ですねぇ…」
昼間の厚い雲の緞帳に覆われていた空は晴れ、煌々と光る月がステージに上がった主役のように我が物顔で空を横切っていた。
輝く月は満月にはいささか欠けるが立派なものだ。これを一人で見るのは少し勿体ない。だから共有できるお客さんがいるのは良いことだ。
「来てくれると思ってましたよぉ、《冬の王》」
空気を軋ませる音を纏いながら顕現した神に近しい存在は、その夜空のような色合いの瞳であたしを睨んでいた。
「そんなに睨まないでくださいよぉ。あたしは貴方の敵では無いのですからねぇ」
「ふん。しかし我らの《味方》でもあるまい。貴様は所詮《半端者》よ」
「おや?《半端者》ですか…これは高く評価頂いているようで光栄ですねぇ」
《半端者》…
神に近しい存在が人間に向けるような言葉では無い。それは偉大なる精霊王が一人の人間の力を無視できないものとして認めている証拠だ。
あたしの指摘に、《冬の王》は苛立たしげに蹄を鳴らした。
「貴様は人間にしては知りすぎているようだ。力も侮れぬ。しかし、所詮人間…我らの敵にはなり得ぬ」
「ふふ、そうですねぇ…
あたし一人の力では貴方には遠く及びませんとも。しかし、《カーティス》もまた貴方がたと同じく役目を持つ存在です。
あたしが気に入らないのは百も承知ですが、今あたしを排除するのはおすすめしませんよぉ」
「ふん。分かっている。
今、貴様が死ねば、《カーティス》が集め続けた呪いがこの地に溢れるのであろう?それは我らも望まぬものだ」
「ふふ。意見は一致しているようですねぇ?」
「忌々しく小賢しい《半端者》めが…
貴様が無ければ我が眷属を見失う事も無いというのに…」
ブツブツと文句を言いながら偉大な精霊王は苛立ちを追い払うように大きな角の頭を振った。
《冬の王》は四季の神の中で唯一王と呼ばれる存在だ。その力は強大で、四季神の筆頭であり、その属性から《死》を司る神として恐れられる存在でもある。
人になど拘るような存在ではないはずなのに、《冬の王》はたった一人の人間を我が子のように寵愛していた。そうでもなければ、この誇り高い精霊王が人間如きに自分の力の一部を与えたりしないだろう。
そもそも、何故この精霊王がロンメル男爵を選んだのだろうか?
「彼は貴方の《窓》なのですか?」
「《窓》ではない。我にそれは必要ない」と、《冬の王》はあたしの想像を否定した。
なるほど…人の世界と繋がるための《窓》では無いのか…
「じゃぁ、何故彼に固執するのです?」
「それは人間の貴様には関係のない事だ」
「いいえ、関係ありますとも。彼らの住む土地は滅びたとはいえウィンザーの土地で、それは《カーティス》のものでもあります。
もし、貴方がウィンザーを害すると言うならあたしは見逃すことはできませんよぉ」
「我から奪うか?黙ってそれを許すとでも?」
「まぁ、あたしとしても、そこまでは望んでおりませんよぉ。《冬の王》の逆鱗には触れたくありませんからねぇ…
ただ、あたしとて致し方なくあの《紐》を使っているのですよ。ですので、ここからが本題なのですが、あの《紐》についてあたしと取引していただけませんかねぇ?」
あたしの提案に《冬の王》は答えずに視線で話を先に促した。
「《冬の王》。貴方は少し過激すぎます。眷属を甘やかすのは良いとして、彼の望まないほどの影響をもたらすのはよくありませんねぇ。
このままではロンメル男爵は人の国で居場所を失ってしまうでしょう…」
「我が眷属を《英雄》と祭り上げておいて、人間の都合で我が眷属を迫害するというのか?」
「それが人間です。残念ながら、あたしもその人間を守ってきたのに忌まれる存在なのですよぉ」
だから、初代は《ウィンザー》と《カーティス》を切り離したのだ…
人の国を治める大公家は愛される存在でなければならない。呪いを支配し、禁忌に触れる存在では不都合がある。
人智の及ばぬような力は畏怖と恐怖の対象なのだ…
それは時に、人から敵と認識される。それはあの人の良い優しいご領主様にとって耐え難い不幸だろう…
「まぁ、それを知るあたしからの提案です。耳を貸すだけの価値はあるはずですよぉ。
ロンメル男爵の怒りや悲しみに寄り添おうとするのは良いことですが、その対象を排除するか決めるのは彼にお任せ下さい。
望む時に、望む力を与える。過度な干渉をお控えいただけるなら、私もあの《神隠しの紐》を使わないとお約束いたしましょう」
「なるほど…そうすれば我は我が眷属を見失わずに、貴様とかかわらずに済むというわけか?」
「そうですねぇ。そう思っていただいてかまいませんよぉ。いかがでしょう?」
「ふん。貴様に煩わされずに済むなら忌々しいが受け入てやる」
随分嫌われたものだが、《冬の王》はあたしの提案を受け入れた。
これでウィンザーの地はロンメル男爵の感情に振り回されることは無いだろう。《冬の王》がこの約束を守ってくれるなら、あたしの《紐》の出番も無いだろう。
《紐》を編むのはそれなりに負担になっていたので、そうであればあたしも助かりますよ…
誓約を交わすと、《冬の王》は用は済んだとばかりに姿を消した。
窓の外に視線を向けると、窓の外を横切っていた月は明かりだけを残して消えていた。
眺める月も話す客も居なくなった。もう寝ようと馴染んだ椅子から重い腰を上げた。
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