収穫祭

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収穫祭

「どうかな?」 「可愛いよ、ほら」 ユリアはそう言ってあたしを姿見の鏡の前に引っ張って行った。 鏡の中には同じ服を着た女の子が並んでいる。 今日の日のためにラウラ様がユリアとお揃いで用意してくれた服。 鏡に映る並んだあたしたちは姉妹みたいだ。 少し膨らんだ袖の白い可愛いブラウス。裾の広がった臙脂色のスカートと同じ色のベストにはフリルがあしらわれている。 「お母さんたちに見せに行こう!」と言って、ユリアはあたしの手を引いて着替えていたユリアの部屋を出た。 食堂で朝食の片付けをしていたラウラ様の姿を見つけてユリアは母親に駆け寄った。 「お母さん!ライナもピッタリだったよ!」 「あら、良かったわ。ふたりとも可愛いわよ」 ラウラ様は嬉しそうに笑ってあたしたちを交互に眺めた。 ラウラ様は喜んでくれたけど、あたしの気持ちは複雑だ。 「ラウラ様、服ありがとうございます。あの、お手伝い…」 「あら、ダメよ。今日はお休みでしょう?それに出かける前に汚れたら大変ですもの。それより、ユリアのことよろしくね」 「でも…」服までもらってそれでは申し訳ない。ラウラ様だけに片付けをさせるのは心苦しい… ラウラ様はあたしの気持ちを汲んで笑顔を見せると「ありがとう」と言ってくれた。 「ライナは良い子ね。貴女の気持ちだけで十分嬉しいわ。私の方こそユリアの我儘に付き合ってくれて感謝しているわ。お祭り楽しんできてね」 「お母さん。お父さんは?」 「ハンスとケヴィンは旦那様たちのお出かけの用意をしてるはずよ」と答えて、ラウラ様は笑顔で「見せていらっしゃいな」とあたしたちの背中を押して送り出した。 ケヴィンもいるのか… 少しだけ気まずいような気がして足が重くなる。彼はお祭りには行かないらしい。旦那様のお伴をするシュミット様の代わりにお屋敷で留守番だ。 ちょっと可哀想だな、と思うと同時に、あたしだけユリアたちと出かけるのがずるい気がして申し訳ない。 ユリアに手を引かれて、エントランスで馬車の用意をしているシュミット様たちを見つけた。馬車に繋がれた馬の世話をしているアダムとケヴィンの姿があった。 「お父さーん!!」 目標を見つけて、グンッと引っ張る力が強くなったユリアに引きずられるように馬車に駆け寄った。 「ほら!可愛いでしょ?!」と父親に新しい服をお披露目するように一回転するユリアのスカートが眼の前で花びらのようにふわっと咲いた。 絶対可愛いって言うと思ったのに、シュミット様は複雑な顔で黙り込んでしまった。 黙り込んでしまったシュミット様の代わりに、ケヴィンがやって来て代わりにユリアを誉めた。 「可愛いね。ふたりともよく似合ってる」 「でしょー?姉妹みたい?」ご機嫌なユリアはあたしの腕に自分の腕を絡めて自慢するようにひっついた。 「うん。そうだね」と頷いて笑うケヴィンは優しいお兄ちゃんの顔をしていた。自分は留守番なのに、嫌じゃないのかな? ケヴィンはユリアからあたしに視線を向けたが、笑顔はそのままだった。 「ライナ。ユリアが迷子にならないように見ててね。食いしん坊だから食べすぎないようにちゃんと注意してね」 「もう!そんな子供扱いしないでよ!」 「ごめん、ごめん。でもあんまり食べすぎると本当にハルツハイム様に驚かれてしまうから気をつけるんだよ?」 二人はそんな冗談も言い合える仲の良い兄妹だ。ユリアだって本気で怒っているわけじゃないし、ケヴィンだって意地悪で言っている訳じゃないのはあたしにも分かる。なんか羨ましく思える風景だ。 相変わらずシュミット様は口数少なくなかった。でも顔を見たら分かる。 婚約者と出かけるユリアのことが心配なんだ…お父さんってみんなこんな感じなのかな? 「ライナ、ちょっと…」と呼ばれて傍に行くと、シュミット様は珍しく落ち着くない様子で小声でコソコソとあたしに話しかけた。 「すまないが…ユリアがアダルウィン様の前で粗相しないように見張ってておくれ。 あの子はその気がなくても、そういう関係にならないとも限らないからな…まぁ、アダルウィン様はわきまえておいでだろうが…しかし、全く無いとも限らないし…いや、疑ってるわけじゃないが、彼も男だからな…」 なんかお父さんって複雑なんだな… ユリアが時々愚痴っていたのは黙っていたほうが良さそうだ… 「あはは…大丈夫ですよ」あたしが笑って濁すとシュミット様も気まずそうに苦く笑った。 「頼んだよ。あと、ライナ、君も可愛いから気をつけるんだよ?何かあったら私たちも大ヴィンクラー殿に顔向けできないからね」 「ありがとうございます」 「ケヴィンも私の代わりの仕事がなければ一緒に行かせたんだが…次の祭りには一緒に行けるように都合しよう」 さり気なく出た言葉に乾いた愛想笑いしかでなかったのは少し気まずい… 相変わらず、あたしはケヴィンへの返事を保留にしたままで、それはその縁談を断るちゃんとした理由が見つからないからだ… 未練がましいあたしの我儘だ… この時のあたしの顔はどんな顔だったんだろう? 「すまないね。答えを急かすつもりじゃないよ。ゆっくり決めたほうが良いこともある。特に、重要なことは悔いのないように選ぶべきだ」 そう言ってシュミット様は優しく笑ってあたしの背を押して、自分の子供たちのところに返した。 ずっとこのままじゃダメなのかな? どうしても逃げてしまう視線の中にちらつくケヴィンの笑顔が痛い… 愛想笑いでずるい考えを隠しながら、シュミット様の前で仲の良い友人を装う自分の弱さに嫌悪していた。
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