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✩.*˚
秋の《収穫祭》は特に日程が決まってるわけじゃない。
誰が合図するでもなく、露店が開き始めるとなんとなく人が集まり始めて始まる感じだ。ただ、食い物を売る店は出遅れると、他の露店で客の腹が膨れて客を捕まえるのが難しくなる。
「おし!いい感じだな!」
用意した炭に火を入れて焼き場を用意した。火加減もバッチリだ。
「ねー!アルノー、これここでいい?」
ティナが屋台のすぐ後ろに手押し車で仕込んでいた大量の串を届けた。
《燕の団》の野郎どもに好評だった鶏肉の串焼きを選んだ。ソースは俺のオリジナルで、ニンニクの効いたガツンとくる味に仕上げている。食欲の湧く良い匂いだ。
串を焼き始めると辺りに肉の焼ける良い匂いが立ち込めた。炭に落ちて焼ける油の煙が広がると匂いに釣られて客が集まってきた。
「美味そうじゃないか?いくらだい?」
「串四本で大銅一枚だよ。安いだろ?」
ティナが答えると、客の方も値切ろうと交渉してきた。別に根切りは珍しいことでもないが、いきなり値切られるのは良い気はしない。断ろうとした俺を遮って、ティナは客と勝手に話を続けた。
「良いよ、一人目だからね。でもあたしあまり頭良くないから値段変えるとややこしいんだよね。だから《おまけ》するのでどう?」
「へぇ?ネェさん、何付けてくれるの?」
「特別にソース多めに付けたげる。パンに付けて食べても美味いよ。気に入ったらウチでまた買ってよ」
元々身ひとつで稼いでただけあって口が上手い。相手に嫌な顔させること無く、客は銅貨一枚で串を買って立ち去った。
「あれはパン屋に行ったね」と笑いながら、ティナは手にした銅貨をポーチにしまった。
「お前慣れてるな」
「当たり前じゃん。いきなり値切られてたまるかっての!あんたも手止めないで次々焼きなさいよ!さぁ、稼ぐよ!」
売れると分かってなんか変なスイッチが入ってしまったみたいだ。
ティナはそのまま通りを歩く祭り客を相手に明るい声で客引きを始めた。
焼き鳥の串を求めて客が並んだ。待たせている間も客が離れていかないようにティナが客の話相手になっていた。
ティナが頑張ってくれたおかげで用意していた串は思っていたより速いペースで売れた。正直こんなに上手くいくとは思ってなかったから驚きだ。
「ふー…ちょっと休憩」と客が途切れたのを確認してティナは屋台の中に入ってきた。彼女は水を飲むと俺にも差し出した。
俺も焼き続けて汗だくだ。
水を受け取って、代わりに焼いていた串を彼女に握らせた。頑張ってくれた報酬代わりだ。
香ばしい香りを放つ串を手にしたティナはご機嫌で串に付いた肉にかぶりついた。
「美味いか?」
「んー!さいっこう!」
売り物は一本減ったが、返ってきた《最高》の返事はそれ以上の価値がある。
「ねぇ、まだある?」と立ち寄った客が屋台を覗いて訊ねた。
匂いに釣られてやって来た少女は小綺麗な形で、どこかで見たことある顔だ。向こうも俺の顔を見て首をかしげた。
その答え合わせは、遅れて追いついた連れの少女が持っていた。
「ユリア、急に走らないでよ。びっくりするじゃない…って、アルノー?」
揃いの服を着た連れは俺の良く知っている少女だ。俺とライナの反応を見て、最初にやって来た少女はなんとなく察したらしい。
「ライナの知り合い?やっぱり《燕の団》の人?」
「うん。アルノーっていうの。お店出してたんだ…」
「おう。串焼きしかねぇけど食ってくか?」と訊ねるとライナの連れの少女が目をキラキラさせて近くにいた青年の腕を引いた。
どうやら女の子二人で来たわけじゃないみたいで安心したが、その青年との関係が気になるところだ…
「幾らですか?」と訊ねながら財布を出す青年は身なりが良く帯剣している。おそらく領主様のところの若い奴だろう。
「いい男じゃん!どっちの彼よ?」とティナのどストレートな余計な一言に青年は明らかに動揺していた。
動揺する青年を見てライナは苦笑いで一歩引いた。青年の腕に飛びつくように引っ付いたのはもうひとりの少女だった。
どうやらライナは二人の付き添いのようだ。
それに少しだけ安心した…
「四本で大銅一枚なんだけどよ。さっき一本失くしちまったから余った三本やるよ」と、三人に一本ずつくれてやった。
「良いの?」とライナが気にしてたが、こいつのおかげで俺は自分の足で店ができてる。
「足の礼だよ。そんなんじゃ足らないだろうけど、とりあえず分割払いだ」
俺の奢りに納得して、「ありがとう」と笑顔を見せるとライナたちは串を受け取ってくれた。
銅貨一枚儲けは減ったが、その結果に俺もティナも満足していた。
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