収穫祭

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✩.*˚ 「あっち」と、肩に乗ったジョシュアが小さな手で行き先を指さした。子供の行きたがった方向には屋台の軒先が並んでいる。 「おっ!なんかいい匂いするな!」 「いいにおーい!」 ガキらしく肩車されて、祭りではしゃぐ姿は可愛いもんだ。 祭り客で広場はごった返している。振り返って、俺のベルトを握る連れの様子を確認した。 「カチヤ、ハンナも大丈夫か?」 「う、うん…でも、すごい人ね。ハンナ、手放しちゃだめよ」 「うん、大丈夫」と答えて、ハンナはぎゅっと母親の手を握り返していた。 母親と手を繋いでいるハンナは人混みに紛れたら見つからなさそうだ。 ジョシュアを肩車しているからハンナはカチヤに任せるしか無いが、やっぱりこの人混みじゃ二人とはぐれそうで心配だ。ガキがいると大変だな… なんとかはぐれずに屋台に並ぶことができた。 「ほら、何にするんだ?」と肩車していたジョシュアを降ろしてハンナと一緒に好きなものを選ばせてやった。 二人は珍しそうに露店に並んだパンと焼き菓子を眺めて相談を始めた。 子供の腹の中に納まる量なんてたかが知れている。ジョシュアとハンナは「はんぶんこしよう」と約束して、何個か違う種類のパンを選んでいた。 「二人でそんなに食べ切れるの?」とカチヤは心配していたが、祭りなんだからたまには甘やかしてやってもいいだろう。 「おっちゃん、この焼き菓子と、これとこれも包んでくれよ」 子供たちの諦めた分のパンも袋に詰めてもらって次々客の来るパンの露店を離れた。 「イザーク、いっぱい買ったね」 「へへ、良いだろ?お祭りだからな」と笑いながらジョシュアとハンナが選んだパンを渡した。 二人は甘い匂いの干しブドウやいちじくのたっぷり入った菓子パンを受け取ると半分こして口に運んだ。 二人は半分になったパンを「おいしいね」と言い合いながら腹の中にしまった。 「ほら、カチヤも食えよ」と適当に選んだパンを彼女にも渡した。 彼女は礼を言ってパンを受け取ったが、戸惑っている様子でなかなか口につけようとしなかった。 「お母さん、美味しいよ」「食べないの?」 ハンナとジョシュアの声に、ハッとしたようにパンから視線を外した彼女は「そうだね」とごまかすように笑ったが、パンの形は変わらなかった。 渡したパンが悪かったのだろうか? 取り替えようかと思ったが、彼女は「これでいいよ」と言ってそのままパンを持っていた籠にしまった。 その後も子供の行きたがる方に足を向けて、店や見世物を見て回っていると、急にハンナが「あそこ行きたい」と声を上げた。 ハンナの指さす先には、《エッダ》と思われる旅芸人風の一行が見世物をしているところだった。 「見るか?」と、カチヤに訊ねた。 彼女は「いいよ」と言ってくれたが、その表情は硬かった。 彼女の気持ちとしては複雑だろう… しばらく一緒に住んでるが、死んだ旦那や一緒に暮らしていた《エッダ》の話はまだ聞けてない。カチヤだけじゃなく、ハンナやジョシュアにも悪い記憶を思い出させるようなものは極力避けていた。 彼女がしんどくなるようなら離れればいいと思って、《エッダ》の見世物に近づいた。 しつけられた犬が帽子を咥えて観客から見物料を徴収して回って来たから、ハンナとジョシュアに銅貨を握らせて入れさせた。 帽子が少し重くなった犬が嬉しそうに尾を振って主人のところに戻ると、見世物が始まった。 簡単なバランスの芸から始まり、子供の好きなジャグリングや的当てなどのわかりやすい芸を中心に披露して、犬やヤギを使った少し珍しい芸などが続いた。芸を盛り上げる音楽は、俺でも知っている《エッダ》の演奏だ。 楽しそうに歓声を上げながら笑う子供たちを見ていると、不意にカチヤが俺の袖を引いた。何かと思って彼女の方を見ると、彼女は俺にだけ聞こえる声で話しを始めた。
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