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「イザーク、ありがとう。ハンナもジョシュアも嬉しそうで…私も嬉しいわ」
「ん。まぁ、それなら良いじゃん。俺もスーに怒られなくて済むよ」
カチヤの口から感謝の言葉が聞けて、俺のおせっかいだけじゃないと分かって少しだけ安堵した。忙しい時期に休みをくれたスーに感謝した。
スーはカチヤたち親子になんとなく責任みたいなものを感じていたみたいで、俺が彼女らを引き取ると言った時に《できる限りの世話をするよう》と言い含んでいた。
俺もそのつもりだったし、それはなんの問題もなかった。団の中では割と古参で、それなりに貰ってたから彼女らが増えた所で食うに困るような事は無かった。
俺も拠点の外に部屋を借りて、彼女らと一緒に住んだ。でもどんなに家族っぽくなっても、結局のところ俺は他人だ。
夜にカチヤたちの寝る部屋から魘されるような声が聞こえてくる事もあったし、わーと突然泣く子供の声で目が覚める事もあった。
でも、俺がどうこうできるもんじゃない。原因が原因だから、男の俺なんかに出る幕は無かった。
奇妙な線の引かれた日々に宙ぶらりんになってるような感覚だったから、彼女の口から出た言葉は嬉しかった。
「お前も祭り楽しんでるか?」と訊ねると彼女ははにかんで頷いてくれた。
「貴方は?」と返ってくるとは思ってなかったから少し驚いたが、俺の返事は決まってる。
「楽しいよ。俺は賑やかなの好きだもん」
気を使ったりするのは俺らしくない。本心から出た言葉だ。
俺の返事に彼女は「そうだね」と笑って手探りで俺の手を握った。
柔らかい、自分より小さな頼りない手が俺の手に重なる。その手を握り返したのは、俺が彼女らを自分のものにしたかったからだ。
一回自分で手放して、次を掴むのをためらって、失敗してようやく知った。
遠回りした分、理解したつもりだ…
幸せって簡単そうで、ちょっとしたことで薄氷のように簡単にダメになっちまう。
守ってやれるのも俺の手の届く範囲だけだから、この幸せは手元に置いておきたい。
《エッダ》たちの芸が終わり、芸人たちがお辞儀をして締めた。
「楽しかった!」「また見たい!」と目をキラキラさせた子供たちは満足したようだ。
楽しんで興奮したからまた腹が減ったようだ。
残っていたパンを渡してやると、二人は最初にしていた約束どおりにまた半分に分けたパンを頬張った。
「まだあるから一個ずつ食ってもいいんだぜ?」と言ったが、二人はくすくす笑いながら「これでいいの」と答えた。
「わけっこしたほうが美味しいもん。イザークもあげる」と言って、ハンナが食べていたパンを一欠片ちぎって俺に差し出した。
差し出されたパンは甘くていかにも子供の好きそうな味だ。自分だけだったら絶対買わないし食うこともなかったはずだ。
ハンナとジョシュアの言う《わけっこ》のメリットが分かった気がした。
ジョシュアを肩車して、ハンナと手を繋いだカチヤを連れてまた人混みの中を歩き始めた。少し歩いたところで知ってる声に呼び止められた。
「イザークじゃねぇか?何やってんだ?サボりか?」
失礼な店主は汗だくで炭火の世話をしていた。煙に乗った肉の匂いは美味そうだ。
「何?ここお前の店かよ?」
「まぁな。鶏肉の串四本で大銅一枚だ。食ってくだろ?」と当たり前のように用意を始める。
この旦那にしてこの嫁ありで、ティナもちゃっかり「毎度あり」と手を出す始末だ。
四本か…まぁ、丁度いいっちゃ丁度いいか…
大銅一枚と鶏の串を交換して、四人で一本ずつ分けた。
「熱いから気をつけろよ?」
息を吹きかけて少し冷ました串を渡すと、子供たちはタレで顔を汚しながら串を頬張っていた。
俺も食ったが、ニンニクが効いてて鶏の油も相まって美味い。これなら四本なんて大人ならペロリだろう。
一本じゃ少し物足りないが、分け前が減っても満足なのは《わけっこ》だったからだ。
「おいしー」「お肉おいしいね」と笑い合う子供たちは俺と同じものを美味いと感じていた。
「これあっさりなのに食べ応えあるね」と感想を言うカチヤも鶏串を気に入ったようだ。今だけかもしれないが、なんか本当に家族みたいだ。
「次行こうぜ」と言って、次の《わけっこ》を探しに四人で歩き出した。
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