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✩.*˚
あっちこっちでお祭り騒ぎだ。
アルノーの店を覗きに行く約束をしていたが、俺も仕事だ。
祭り客の中にはタチの悪い連中もいるから、下手に気を抜けない。問題が起こってもすぐに駆けつけられるようにと、あちこちに目を光らせていた。
ただ、悪党をシメるだけじゃなくてすることは他にもある。
「よぉ、ガキども。母ちゃんはどうした?」
兄妹でべそかいているガキを見つけて声をかけた。誰がどう見ても迷子だ。人波に押され流されてはぐれたのだろう。
知らない大人に声をかけられて、ガキどもは引きつった悲鳴を上げて後退った。
確かに俺も傭兵だから人相は良くはないが、心配してやってんだからそこまで怖がられるとあまり良い気はしない…
「別に獲って食ったりしねぇよ。
俺らは《燕の団》だ。今日は祭りの警備の仕事中だ。お前ら迷子なら保護してやるよ」
そう言って左腕に結んだ黄色い布を見せた。似たような布を腕に巻いた団員があちこちにいるから目にしていたはずだ。
「ほんとう?」と兄貴らしいガキが妹を抱きしめて言葉を返した。それに頷いてやると、ガキはビビりながらも助けを求めてきた。
「母、いなくなっちゃった…父は爺とお仕事してる」
「そうか。お前自分の名前言えるか?母ちゃんと父ちゃんの名前分かるか?」
「うん。エドガー、妹はフリーデ。母はアニタ、父はギルっていうの」
「アニタとギルって…お前、もしかしてエインズワースのとこの坊か?」
知ってる名前にもしかしてと思ったが、エドガーは俺の質問に頷いた。そしてエドガーが抱いている妹の名前にも覚えがあった。
カナルでスーが可愛がっていた赤ん坊と同じ名前の幼女だ…
見ないうちにフリーデは大きくなっていた。
覗き込んだ幼い少女の顔には死んだ母親であるエラの面影があるような気がした。それだけで俺の中で勝手に親しみが湧いた。
「分かった。とりあえず、母ちゃん探しながら父ちゃんたちのところまで送ってやるよ」
エインズワースの鍛冶屋も店を出していたはずだ。確か刃物の研ぎや修理を請け負っていた。まだ店じまいするには早いからそこにいるだろう。
気持ちを持ち直したエドガーは俺の言葉を信じたようだ。この兄妹はスーの事をよく知っていた。
「《燕の団》の団長さんね、時々うちに来るよ。ぼくたちね、ルドと友達なんだよ」
「ルドか?ルドなら俺も知ってるぜ」と話を合わせてやった。
俺たちが悪い人間じゃないと理解したエドガーは懐っこく話をして、時々妹を気にするように顔を忙しく動かしていた。
「妹、仲良しか?」と訊ねるとエドガーは元気に頷いた。
「妹ね、フリーデともう一人メアリっているんだよ。メアリが一人で何処か歩きだしちゃったから、母追いかけて行っちゃって…
フリーデ転んじゃったから、起こしてたら、人いっぱいでわからなくなっちゃった…」
「あー、そうか。でもお前偉いな。フリーデ置いていかなくて」
「だって、ぼく兄にだから」と笑顔を見せて強がるガキンチョは頼もしく見えた。兄貴にひっつくフリーデはエドガーの事を心の底から信頼しているようだ。
それが本当の兄妹みたいで、俺から言う事は何もなかった。
ガキどもを鍛冶屋の出店に送り届けると爺さんに礼を言われた。
ガキどもの父親は母親と一緒に二人を探しに出たらしく、店には爺さんともう一人の妹しかいなかった。
爺さんにはギルとアニタを見たら送り届けたと伝えると言って店を離れた。
子犬のようにじゃれ合うガキどもに見送られて、自分の持ち場に戻った。
そろそろ交代の時間だ。
問題なければそのまま引き継いで、アルノーの店に顔を出すつもりでいた。
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