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パン屋のおじさんは随分沢山お土産を詰めてくれたみたいだ。
残った分はミア姐たちのお土産にしようかな…
そう考えて、紙袋の口を丁寧に折ってパンが飛び出さないようにして、また祭りの見物に戻った。
ユリアたちと雑貨の露店やゲームの露店に立ち寄って、少しお腹が空いたらフラフラと珍しい食べ物を探した。ユリアが一緒だったから時間を忘れて楽しめた。
「ねぇ、あれ何かな?」とユリアが指さした先には人が集まっていた。
「レスリングですね。祭りの余興などでよくある催し物ですよ」とハルツハイム様が答えた。そんなのもあるんだ、知らなかったな…
何やら盛り上がっているらしく、わぁわぁと応援かヤジか分からない声が賑やかだ。あたしにはこの喧騒が懐かしく感じられた。
「すごい盛り上がりだけど、誰が出るんだろう?」
「さぁ?」と言い合いながら人垣に少し近づいた。
あれ?なんか聞いたことあるような声がした気がする。
辺りを見回すとユリアが「どうしたの?」と首を傾げた。
「う、ううん。なんか、知ってる声が聞こえた気がして…気のせいか…」
これだけ人がいるんだ。似た声の人ぐらいいるだろう。もしかしたら声が混ざってそういうふうに聞こえたのかもしれない。
「そう?でも、全然向こう側見えないね」と言いながらユリアは観客の向こう側を覗き込もうと子供みたいに跳ねていた。ユリアは初めて見る余興に興味津々だが、ハルツハイム様はあまりいい顔をしていなかった。
「二人とも、こういう人の密集した場所は危ないですから少し離れましょう。中に入り込んだら人に押されてはぐれてしまいますよ」
「ユリア。ハルツハイム様も心配してるから少し離れよう」とユリアに近づいた時だった。
近くに伸びた男の腕がユリアの腕を掴んで人垣に引っ張り込もうとした。
「ユ、ユリア!!」
とっさに引っ張り込まれそうになるユリアの手を握ったが引っ張られる力のほうが強かった。
少し引きずられそうになったけど、間に合ったハルツハイム様が人の波にさらわれそうになったユリアを抱えて引っ張り返した。
女の子を攫うのを失敗した男の腕は意外とあっさり彼女を諦めて消えた。
「ユリア!ライナも無事ですか?」
ユリアが引っ張り込まれそうになって、とっさにとはいえ良く動けたと思う。まだ心臓はドキドキしていた。ユリアも怖かったみたいでハルツハイム様に抱きしめられながら震えていた。
「ライナ、離れましょう。付いてきて下さい」
「う、うん…」
ハルツハイム様に促されて人垣に背を向けた。動揺していたから深く考えていなかったが、それが良くなかった…
服が同じだったからか、はたまた誰でも良かったのか…
襟を掴まれて、グンっと首が締まった。急に後ろから引っ張られてバランスを崩すとそのまま人の中に引っ張り込まれた。
「え!ライナ!」とハルツハイム様の声が聞こえたけど人の壁で二人を見失った。首を締めるように襟首を引っ張る手は強くて振りほどけ無い。
助けを求めようにも声が出ない…
怖くてパンの入った袋を抱えていると、襟首を引っ張る力が緩んで、今度は後ろから羽交い締めにされた。
ハアハアと気持ち悪い犬のような息遣いが首にかかって、前に回った男の手はあたしの抱いていたパンの紙袋を弄った。
「柔らかいなぁ…お嬢ちゃん、かわいいなぁ」
気持ち悪い男があたしの胸と思って弄ってるのは焼き立てのパンだ…
なんかそれで猛烈に腹が立ったのはちょっとずれていたと思う。でも反撃するきっかけになったのは確かだ。
胸無くてわるかったなぁ!!と腹の中で叫んで、パンを潰した男の手を思いっきり噛みついてやった。
やり返されると思ってなかったのか、男は悲鳴を上げてあたしを羽交い締めにしていた手を緩めた。
その隙にあたしの無い胸を守ってくれたパンを抱えて、狭い隙間に身体をねじ込んで逃げた。
後ろでなんか怒鳴る声が聞こえてきたが知るもんか!
騒ぐ声から逃げて無我夢中で人混みをかき分けてその場を離れた。男は追いかけてこれなかったみたいで一安心だ…
でも、問題はユリアとハルツハイム様ともはぐれたままという事だ。元の場所に戻ろうにも一人だとまた何かあるんじゃないかと心細くなった…
人混みに揉まれたから服も髪もパンもぐちゃぐちゃだ…
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