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とりあえず、ここはどの辺だろう?
はぐれた二人を探してキョロキョロと辺りを見回していると人混みの方から声をかけられた。
「おい、大丈夫か?中で何かあったか?」
人混みから逃げ出してきたのを見咎めた心配してくれる声に振り返ると、そこには間違えようのない顔に入れ墨を入れた青年が立っていた。
振り返ったあたしの顔を見て、相手も驚いていた。慌てて駆け寄って来た青年はやっぱりカイだ…
知ってる顔に安心して、今頃になって恐怖の感情が溢れた。じわっと滲んだ感情が涙になってボロボロと零れ落ちた。
「お前、こんな所で何やってんだ?」
「友達と来てたんだけど…急に知らない男に引っ張り込まれて…はぐれちゃって…」
「はぁ?!大丈夫かよ?どんな奴だ?」
怒っているカイの様子に気付いたようで、アルノーとティナがあたしのところに来てくれた。
「なんだ?ライナじゃねぇか?」
「どうしたの?こんな所一人で危ないじゃない?一緒にいた子たちどうしたの?」と心配する二人にも事情を話すと、ティナはあたしの手を引いて人の薄い場所に連れて行ってくれた。
「やるじゃん。噛みつくとかいい気味だわ。
あたしもさっきからお尻触られてたから、爪の痕付くくらいつねってやってたんだけど、そっかー、噛みついてやりゃ良かったわ」
「お前!それちゃんと言えよ!」とアルノーはあまり堪えてない様子のティナに文句を言いながら心配してた。
「爪の跡付いてる奴!後でぶん殴ってやる!」と息巻くアルノーとは対象的にティナは慣れている様子だ。彼女はあたしの座った縁石に一緒に腰掛けると、ぎゅっと抱きしめてくれた。
女性らしい柔らかい温もりに包まれて少し落ち着いた。
「で?変なことされなかった?なんかあったら言いなよ?」
「…パン」
「パン?どしたの?」
「あたし胸ぺったんこだから…胸と間違えてパン潰された…それだけ…」
なんか惨めだ…
何も無かったのは良かったけど、なんとも言えない悔しさと怒りが滲んだ。
変な沈黙を挟んでティナが爆笑した。聞こえていたのだろう。後ろを向いたアルノーの背中が小刻みに震えている。
「はー!あんた最高!そりゃ災難だったね!」
「笑い事じゃないし…」
「でも、まだ変なことされなくて良かったよ。身代わりになってくれたパンに感謝しなきゃね」と笑いながらティナはあたしの髪を優しく撫でてくれた。
「せっかく可愛くしてたのに、ぐちゃぐちゃになっちゃったね」と気を紛らわすように話掛けてくれる彼女のお陰でさっきまで感じていた恐怖はもう感じなくなっていた。
「ティナ。俺、あの連れの子たち探してくるからライナと一緒にここで待ってろ」と言い残してアルノーはユリアたちを探しに行った。
アルノーと入れ違いになるようにカイが人混みから戻ってきた。
「パッと見ても分からないから、見廻りの《燕の団》の連中に伝えとく。ライナ、変態のどこに歯型付けたんだ?」
「えっと…多分、左腕の手首のこの辺りだと思う…後ろから羽交い締めにされたから…」と大体の場所を伝えると、カイは不機嫌な表情であたしを見下ろしていた。
「分かった。伝えてくるから二人ともここで待ってろ。すぐ戻る」
「はーい、待ってまーす」と陽気に手を振って応えるティナを一瞥して、カイはアルノーとは逆の方に歩いて行った。
その背中を追うように見ていると、ティナが思いついたようにニヤニヤといたずらっぽい笑みを浮かべた。
「あたしの旦那が役立たずだと良いんだけど…」
「え?」
「カイ、もう仕事終わってるからさ。今フリーだよ」
なんとなくその言葉に彼女の言いたいことが分かった。その意味に気付いて顔から火が出るくらい恥ずかしい。あたしどんな顔でカイのこと見てたんだろう?
ティナは顔を真赤にしたあたしの反応で答え合わせをしたようだ。
「あたしだって女だからさ。あんたがそんな顔してたら分かるよ。
好きなんでしょ、カイのこと?輩みたいな顔してるけど、良い奴だもんね」
「お、お兄ちゃんみたいなもんだし…」と言い訳したが、そんなのでごまかされてくれるはずもなく、彼女は好奇心で目をキラキラさせて、口元にはムズムズしたような笑みを浮かべていた。
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