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「もー!可愛いんだからぁ!!お姉さんキュンキュンしちゃうじゃん!」
ティナはすっかりお姉さん気分で、あたしから言葉を引き出そうと躍起になっていた。女の子は恋バナが好きだ。彼女もそういう話は大好物のようだ。
「いいなぁ!恋じゃん、恋!あんた可愛いんだからカイだってまんざらじゃないでしょ?
なんだかんだ言ってカイって世話やきだしさぁ、あいつ《燕の団》じゃ隊長だからそれなり稼いでるから良物件だよ。女の子受けもいいしさ、アピールするなら早くしたほうがいいよ。他に取られちゃう」
「ほ、他って…誰かいるの?」
「え?固定はいないんじゃない?聞いたこと無いし…
でも、あいつも男だし、普通に右手だけじゃ物足りないでしょ?誰かの世話にはなってんじゃない?あたしが確認してあげようか?」
「い、いい!そんなの訊かなくていいから!!聞きたくないし!!」
ユリアと話す恋バナとは違う、ティナの下世話で生々しい大人の世界の話に両手を振って断った。
でも、確かに…カイだって大人の男だし、そういう相手がいてもおかしくない…
考えれば考えるだけ頭の中がぐちゃぐちゃになる。勝手な想像をして一人で慌てていると眼の前にすっと影が伸びた。
「おい、なんでお前ら二人だけなんだよ?アルノーの奴どこ行ったんだ?」
カイの声…
でもこんな顔が真っ赤なのに視線を上げれるわけない。
足元に伸びた彼の影だけ見ていると、間に入っていたティナが明るい声で応えた。
「さっきあんた戻ってきた時にはもういなかったじゃん?気づかなかったの?
ライナの連れ探しに行ったのよ。近くにいるはずだからそんなに遠く行ってないって」
「だとしても不用心だろ?さっきヤバい奴に連れて行かれそうになったばっかりじゃねぇか?ライナ、大丈夫か?」
心配してくれる声がして俯いた狭い視界にカイの足が入ってきた。それすら直視できずに視線が逃げてしまう。
こんなんじゃあたし感じ悪いじゃん…最悪だ…
あたしが視線を合わせようともしないし、上手く返事もできなかったから彼には心配させてしまった。
微妙な沈黙の後、「ちょっと待ってろ」と言い残してカイはどこかに行ってしまった。
「なんだろね?行っちゃった」と言うティナの声はどこか他人事だ。
「ティナが…変なこと言うから…」
「え?あたし変なこと言った?
ははーん、もしかして女の話?やっぱり気にしてんの?」と言いながら彼女はいたずらっぽくニヤニヤ笑いながら、あたしの顔を隠すほつれた髪を拾って耳にかけた。
「お姉さんおせっかいなんだ。あんたさ、本当に好きならはっきりさせたほうがいいよ。
男って嫁にするなら身持ちの固い女のほうが良いけど、面倒が嫌いな奴は尻の軽い女で十分なんだよ。好きになってもらいたいならガツガツいかなきゃ」
「でも…」
「あたしが上手いことやってやるからさ。カイだってあんだけ心配してんだから脈ないわけ無いよ。
胸なんか無くってもなんとかなるって」と歯に衣着せぬ物言いにちょっと傷つく。
ひ、酷い…あたしだって気にしてんのに…
あたしが膨れていると、ティナの視線があたしから外れた。彼女の視線はあたしを飛び越えて、向こう側に注がれていた。
「ライナ」と声がして反射的に振り返った。
少し息を切らせたカイが買ったばかりの櫛を手に立っていた。
「髪、ぐしゃぐしゃだろ?綺麗にしてやるよ」
そのために?
あたしを慰めるためにわざわざこれを買いに行ったようだった。
ティナは何も言わずにあたしたちを見てニヤニヤしている。
「見廻りの奴らにお前を引っ張りこんだ奴の事は伝えたからよ、もう大丈夫だ。クソ野郎はとっ捕まえて俺らで仕置しとくよ。
連れだってアルノーが探しに行ったんだろ?なら大丈夫だ。待ってる間に髪結んでやるから機嫌治せよ。祭り楽しみに来たんだろ?」
カイはそう言ってあたしの視線を引くように櫛を持つ手を振って見せた。
あたしが髪を結んだら喜ぶんだと思ってるんだろう…
それはあながち間違いじゃない。でも、髪を結んでもらえるなら何でも良いわけじゃない。
あたしは、カイに結んで欲しいんだ…
「いいの?」と食いついたあたしを見てカイは仕方ないみたいな顔で笑った。
「そのまんまじゃ都合悪いだろ?仕方ないから今日はやってやるよ」
そう言ってカイはあたしの髪をほどいて櫛で整え始めた。髪を梳く櫛の歯が髪に沈む度に期待が膨らむ。
髪を集める指先や、毛先の引っ掛かりを解く優しい手があたしを誤解させる。
髪を結う間だけはカイをあたしだけのものだ。
我儘で迷惑な感情だろうけど、今だけは勘違いしても良いよね?
胸に抱いたパンの紙袋が乾いた音を立てて少しだけ形を変えた。
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