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煙草を一本吸い終わる頃にライナが俺を呼んだ。
「これにする」と見せた鏡は丁度良い大きさの手に持って使う奴だ。見た目は地味でお世辞にも可愛いというものじゃない。軽くて持ちやすいだろうが遠慮されたような気がして少し寂しかった。
「本当にそんなんでいいのか?」
「うん。いいの」と答えるライナは鏡の持ち手を両手で握って笑顔を俺に向けた。その表情は無理をしているようには見えない。
鏡はその見た目通りやっぱり安かった。値段を聞いて拍子抜けしたと同時になんか悔しくなった。
「こいつも付けてくれ」と、鏡と一緒に置いてあった髪留めを買い求めたのは俺の些細なプライドだ。
そいつが思ったより高かったのは俺にとって好都合だった。
金を払ってライナの髪に買い求めた櫛の形をした髪留めを付け加えた。
「こんなのもらえないよ」と彼女はまた遠慮したが、俺も男として見栄を張りたい。
「うるせえな。貰えるもんは貰える時に文句言わずに貰っとけ」と意地悪く言ってライナの持っていた鏡を取り上げて彼女に向けた。鏡は俺とライナの間に小さな壁を作った。
「ねぇ、そのまま持ってて」
ライナはそう言ってポケットから何かを取り出すと、鏡の向こうで何かをしていた。
何してんだ?と思っていると「見て」とライナが俺の持っていた鏡をどけた。
「ユリアとお揃いで買ったの。どう?」と訊ねて笑う唇には女を魅せる紅が乗っていた。
白い肌を際立たせるような鮮やかな赤は子供には似合わないが、少女を背伸びさせるにはちょうどいいのかもしれない。
不覚にもその色の付いた唇に惹かれた視線は釘付けになってしまっていた。
鏡を買ったのはやっぱり間違いだったかもしれない。
ガキだとばかり思ってた少女は見た目も心もいつの間にか女になっていた。
「可愛いでしょ?」
「…ガキには似合わねぇよ、そんな赤」
「えー?じゃぁどんな色なら似合うのさ?」
「知るかよ。俺は男だぞ、女の化粧なんか知らねぇよ」
「髪結べるんだから、化粧だってできるでしょ?アンネ様可愛かったよ」
なんでそんな事知ってんだよ、と腹の中で悪態吐いたが同じお屋敷で暮らしてんだから顔も合わせるし知ってるわな…
何言っても女の口には敵わない。笑う女の赤い唇を黙らす術は無くは無いが気付かないふりをして不機嫌を装った。
隣に並んで歩きながら、ライナは鏡を抱く腕と反対の手で俺の腕を握った。
女みたいにしやがって…
振り払うのも照れてるみたいで格好悪い。知らぬふりを決め込んで歩く俺の隣で早足で並ぶ靴の音が重なる。
無理して男の歩幅に着いて来ようとするガキの姿に笑いがこみ上げる。
でも意地でも手は放さないんだな…可愛いじゃん…
そんな考えが顔に出ていたらしい。
「何笑ってんの?」とライナに指摘された。
「ガキだなって思ってさ。なんか必死だからよ」
「だってカイが歩くの早いから…迷子になったら困るでしょ?」
まぁ、そうだわな、と納得して、剣の柄に引っ掛けるように置いていた腕を下ろしてライナに手を差し出した。ライナは間抜けな顔で差し出された手と俺の顔を交互に見ていた。
「仕方ねぇから、手繋いでやるよ。迷子になると面倒くさいからな」
半分本音で残りの半分は下心だ。男なんてそんもんだろ?
むず痒くなるような顔でライナが手を伸ばした。耳まで真っ赤にしながら握った手は緊張で少し湿っていて柔らかかった。
次々見せる女の表情に気持ちを抑えるのに苦労した。
こんなガキに欲情するほど女には困ってないってのに、どうなってんだよ?
意識しないようにすればするほど腹の中のムズムズするような感覚が鮮明になる。この感情がバレてないか不安になって、こっそりとライナの様子を確認した。
止めときゃよかった…
見上げていたキラキラする目と視線が合って慌てて視線が逃げた。
なんだよ、これ…そんな顔ずりぃだろうがよ…
走った後のように早鐘を打つ心臓の音が喧しく俺の中で響く。
この無様な音が外に漏れてない事を願ったが、上がる体温まで隠すことはできそうに無かった。
そうだよ、悪かったな…
ダメだって分かってんのに、自分を抑えきれないほどに俺はお前が好きなんだ…
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