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「まぁ、二人とも無事だったし、悪党を野放しにしていた責任は俺たちにもある。アダルウィンだけに責任を取らせたりしないさ。バカの後始末は俺たちが責任持って引き受けるよ。
三人とも気を取り直して祭り楽しんでいけよ」
「スー、ちょっといいか?」とアルノーが口を挟んだ。
「こんな事があったから、この兄ちゃんだけじゃ不安だろ?誰か付けてやれよ」
確かに、アルノーの言うことは一理ある。このまま別れてまた何かに巻き込まれても良くない。
そう思っていると、ティナが「おあつらえ向きのがいるよ」と言ってユリアたちの付き添いに丁度良い男を推薦した。
「今日の仕事終わってるらしいし、ライナもカイには懐いてるじゃん。適任だと思うけど?」
「はぁ?!ふざっけんな!勝手に仕事作ってんじゃねぇよ!」勝手に仕事を作られて抗議するカイだったが、ティナは怒鳴られても全く堪えてない。二人の様子にアルノーも苦笑いだ。
「何言ってんの?仕事と金は貰える時貰っとかなきゃダメでしょ?女の子の案山子するだけの簡単な仕事じゃない?」
「俺からも頼むよ。お前なら安心して任せられる」
「スーが世話すりゃ良いだろ?ディルクだっているじゃねぇか?」
「バカ、俺たちはもっと厄介な仕事押し付けられたんだよ」
それまで無口だったディルクがそう言ってレスリングの舞台を指さした。それだけでディルクの言いたいことはカイに伝わったらしい。大盛り上がりの舞台に上がった人物が見えたのだろう。
「まぁ、そういうことだ。俺たちはあっちの仕事があるから、そっちはお前らで何とかしろよ。
多少色はつけてやるさ」とこっちの面倒事をカイに押し付けて、ディルクを連れてワルターのところに戻った。
「終わったか?」という短い問い掛けに、「あぁ」と頷いて、大事な帽子をワルターに預けた。
舞台の上では子供みたいな大人が挑戦者を降していた。少し席を外している間に勝敗は着いたらしい。
やっぱり強いな…
フィーア南部をその両肩で預かる男の強さに会場は熱狂していた。
観客たちから勝者への喝采と敗者への罵倒が舞台へ波のように押し寄せる。
「すごい盛り上がりだね」と、試合を見守っていた親友に声をかけた。
アレクは少し複雑な表情で拍手しながら父親の武勲をたたえた。
「父上は生粋の武人だからね。レスリングも剣も槍も、馬術だって私は父の足元にも及ばないよ。
昔は身分を隠してあちこちの試合を荒らしていたらしい。それがお祖父様にバレてこってりと絞られたらしいよ。後で私も母上に叱られそうだ…」
「そりゃ大変だ」と笑って燕の外套を外して椅子にかけた。
そんなすごい人と試合する機会はそうそう無いだろう。俺もワクワクしていた。
アレクと話をしている間にも試合が進み、観客から発せられる歓声と悲鳴の波が勝敗の結果を伝えた。
「お祖父様すごーい!」と、フィーが興奮した声を上げた。どうやらまたパウル様が挑戦者を降したらしい。
これで何人だ?
「そろそろ交代だな」とワルターがつぶやくと、司会進行役がパウル様の組の試合の終わりを告げた。準決勝に残ったのはパウル様だ。
入れ替わるように次の組が呼ばれる。
四組それぞれ試合して、勝った奴が準決勝に進んで最後に決勝だ。
「行ってくる」と宣言して、上を脱いで雑に椅子に投げ出した。
舞台に向かう途中、観覧席に戻る途中のパウル様と目が合った。
「次は君の出番かね?」
「うん」
「楽しみにしてるよ」と爽やかに笑ったパウル様は健闘を祈るように俺に手を差し出した。差し出された力強い手を握りかえして「俺もだよ」と強がった。
あんなの見せられたら、男だったら滾るだろう?
『楽しみにしてるよ』と言われたからにはやるだけやってやるさ。
腹の奥から湧く闘争心に押し出されるように前に出た。相手が偉い人だろうが、手を抜く気は更々なかった。
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