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✩.*˚
「具合はどうだ、クラウディア?」
お腹の張りが気になって先に馬車に戻っていた私を心配してアレクシス様が顔を出してくださった。
「はい。大丈夫です。アレクシス様もお辛くありませんか?」
「私も久しぶりに賑やかな場所に出て少し疲れてしまった。私も少し休ませて貰って良いだろうか?」と訊ねてアレクシス様は私とお姉様の乗った馬車に乗る許可を求めた。
お姉様はその求めに応じてすぐに席を立つと、私の隣の席をアレクシス様に譲った。
馬車は軋む音を立てて一人分の乗客を受け入れた。アレクシス様は私の隣に座ると照れくさそうにはにかむように笑って会話を求めた。
「祭りはどうだった?楽しめたかい?」
「はい。私はこういった場所は初めてで、少し驚きましたが珍しい事ばかりで興味深かったです」
「そうか。王都の祭りとは勝手が違うものな。ラーチシュタットとも少し違うし、ブルームバルトの祭りはウィンザーの色が濃いから君には珍しかっただろうな。
君が楽しんでくれたなら良かった。何が気に入ったかな?」
「私は《エッダ》の旅芸人の芸は初めてでした。恥ずかしながら見入ってしまいました」
「あぁ。確かに。ボールを使った芸は私も目が離せなかったな。どんどん増えていくからどこまで続けるのかワクワクしたよ。童心に返った気分だった。
あれはどうだった?板を使ったバランスの芸…」
アレクシス様は珍しいくらい沢山お話をしてくれた。その珍しい姿に驚きながらも、夫婦らしい会話に私は喜びを感じていた。
しばらくお話して、彼は不意に静かになった。話すことがなくなってしまったのかと思っていると、彼は少し迷うような素振りを見せてまた口を開いた。
「私は不器用で…なかなか、君に感謝を伝えることができなくて…こんなふうになってしまって、君を不安にさせたと思う。
それでも、なんとか君に感謝を伝える方法が無いかとずっと考えていたんだ」
そう言って彼はポケットから何かを取り出して私に差し出した。
「何か良いものがないかとスーに訊ねたら、これが良いと教えてくれたんだ。だからずっと探してた」
そう言って差し出されたハンカチの下から現れたのは手のひらに納まるような小瓶だ。その中の緑の植物に視線が吸い込まれた…
「《貴方が欲しい》という意味らしい」と、彼は照れながらロマンチックな花言葉を教えてくれた。
「…これは…アレクシス様が?」
「あ、あぁ。スーと外に出た時に探していた。私が下手なのかもしれないが、なかなか見つからないものだな。
当たり前だが、形や大きさもバラバラでちょうど良い物を見つけるのに苦労した。それでも一番綺麗なものを用意したつもりだ」
スー様と出かけていたのはそういうことらしい。小瓶の中には仲良く身を寄せ合うような四葉が2本入っていた。
この番うように寄り添う四葉の意味は訊ねるまでもないだろう。
これがアレクシス様の気持ちなのだ…
「…ありがとう、ございます…」と彼の贈り物を両手で包むように胸に寄せた。
彼は微笑んで少し身体を私の方にずらすと、私の肩をそっと抱いた。
優しく気遣うような夫の腕に身体を預けると、彼はその私の反応に満足してくれたようだ。
「クラウディア。私は未熟で頼りない夫だ。それは私が一番良く理解している。
それでも、周りの期待に応えられるようできる限りの事をするつもりだ。
だから改めて、私の妻として君に協力をお願いしたい。
私一人では次期ヴェルフェル侯爵は重すぎる。だから、私と一緒にこの重荷を背負って欲しい。大変な役目だが、私と一緒に歩んでくれないだろうか?」
なんとも名誉な申し出だ。彼がこんなにはっきりと言葉にして私を求めてくれたのだから、私の心はもう決まっている。
「かしこまりました。未熟者ですが、お義理母様のように、立派なヴェルフェル家の母になれるよう努力致します」
「ありがとう、クラウディア。私には君が必要だ」
照れくさそうに笑いながらも、夫は言葉にして私を求めてくれた。
十分だ…
もうこの気持ちが揺らぐことは無いだろう。いや、あってはならない。
二度目の夫婦の誓いを交わして、私たちは二人でヴェルフェルになると胸に刻んだ。
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