目標と約束

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✩.*˚ 祭りの露店が少しずつはけて、代わりに手を繋いだ恋人たちが噴水の広場に集まり始めた。 《恵みの樹》や《ふるまいの樹》と呼ばれる広場に立てた飾りを倒す前に、男女でペアになって踊りを収穫の女神に捧げるのが慣例になっている。 この祭りでペアになって踊ると恋人になれるらしい… 「お前、あのお嬢ちゃんと行かなくて良いのかよ?」と、俺の隣で壁の花になっているライナに訊ねた。 当のライナは不思議そうな顔で俺を見上げて、覗き込むように首を傾げた。その仕草に合わせて揺れる髪に祭りの灯りが反射した。 「だって、『ここで待ってる』ってユリアと約束したもん。それに、ペアじゃないと踊れないでしょ?」 そう言ってライナは俺の隣を動かなかった。嫌とは違うが、何となくどこか気まずい。それはライナと俺の間に人が一人入り込めるくらいの隙間として現れていた。 近くを通る男の視線がライナに向く度に睨んで追い払っていたが、彼女は十分目を引くような美人だ。 壁の花にしては違和感がある。しかも隣に立ってるのはガラの悪い輩だ。 「…いるんだろ?相手…」と、暇が俺につまらない事を言わせた。 賑やかな人の波音は俺の口から出たそのくだらない呟きをうち消してくれなかった。 言葉はそのままに隣に立つ女に届いたはずなのに、それを受け取った相手は聞こえないふりをするように沈黙を続けた。 それがなんか気に食わなくて、言わなきゃ良いのに、更に嫌な言葉が口から溢れた。 「お前も婚約したんだろ?そいつと来たら良かったじゃねぇか?なんで一緒に来てくれなかったんだ?」 「…してない」 「は?」良く聞こえなかったからライナの方を向くと、彼女は不機嫌そうな顔で俺を睨んでいた。 「《婚約》なんてしてない。あたしは返事してないから…」 「なんで?」 「それ…《なんで》って本気で言ってる?それともわざとなの?」 責めるような言葉には怒りと悲しみが乗っていた。単純に怒ったり、泣いたりするだけの子供の感情じゃない。 夜に溶け込むような大人の女の表情に気圧された。 「あたしが好きなのはカイなんだよ。それなのに、なんでそんな酷いこと言うの?好きな人にそんなふうに言われて…傷つかないと思ってる?」 「まだそんな事言ってんのか?」 「そうだよ。だって…あたしはずっと、カイが好きだから… 格好悪いけど…諦め悪いって分かってるけど…まだ好きだから…こんな気持で他の人を好きになれない」 そんな健気な言葉を口にして、彼女は萎れるように俯いた。 なんでだよ?こんな男のどこが良いってんだ?お前、男の趣味悪いぞ… それとも相手の男はそんな泣くほど嫌なのか? そいつと一緒になったら、お前は幸せになれるんじゃないのか? 頭の中でぐるぐると考えが巡ってまとまらない。上手いこと言って諦めさせなきゃいけないのに言葉は何も出てこない… 謝りたいと思う自分がいるが、ここで謝ったところでライナの欲しがる言葉を言えるはずもない。 本当に彼女の事を考えるなら突き放すのが正解なのだ。 俺はバカだから傭兵ぐらいしかなれない… それ以外の生き方が分からないし、しっかりとした未来の目標も無い… ただ、なんとなく死にたくないから生きてるだけで、寂しいのが嫌だから《燕の団》にとどまっているだけの傭兵だ。 俺に何ができるってんだよ? 考えれば考えるほどうんざりする。煙草に逃げようとポケットに伸びた手に小さな女の手が掴んで引き止めた。 「…あたしの事、嫌いなの?」と訊ねる声音は男から言葉を引き出そうと意地になっていた。 俺はバカだから、ここで突き放さなきゃと分かっていても、言うべき言葉を逃してしまった… 「嫌いなら、何であんなに心配してくれたの?何で櫛まで買ってきたの?」 痛い言葉を立て続けに食らっても、反撃の言葉は浮かばなかった。 でも、腹の中に気持ちを隠せても、好きな女に《嫌い》なんて言えるわけない。 それだけは意地でも言いたくなかった。 答えない俺に、ライナはまた俺の行動を上げて《何で》と訊ね続けた。 それはどう考えても好意を持っている男の行動で、女に期待させるようなことをした俺が悪いのは間違いない。後は《お前が好きだ》って言ってないだけだ… 『もう関わるな』って釘を刺されたのに、これじゃまたカミルの兄貴に殴られるな… 「何で答えないの?」と問いかける不機嫌な声は俺の返事を待っていた。 止めときゃいいのに、ライナの真剣な表情と祭りの空気に流されて黙っていられなくなってしまった。もうこいつの《何で》にも、答えられない自分にもうんざりしていた。 「答えたら面倒になるからだよ。大人ってお前が思ってるより面倒クセェんだ。誰も俺とお前が釣り合うなんて思っちゃいねぇよ。 お前はもう小汚ねぇガキじゃねぇんだ。立派なお嬢さんだ。長い目で見て、ちゃんとした相手を選べよ」 「そんなの訊いてない。カイはあたしのことどう思っているの?って訊いてるの」 「お前が思ってる通りでいいよ」 「なにそれ?そんなのずるいよ」俺の返事にイラッとしたようにライナが睨んだ。でも俺が最大限譲歩した結果がこれだ。
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