ワルター

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「胸か頭だな」と場所を指定した。 「自分の弓でいい?」 気の早いもんで、彼はもう弓に矢を番えた。 ここいらでは見ない物だ。 白い動物の皮を巻いた弓は飾り気はないが、目をひいた。 「もっと近くでもいいんだぜ」と言ってやったが、彼は首を横に振った。 距離としては50メートル強だ。余程自信があるのだろう。 替えの矢を素早く番えるように、矢筒は背ではなく腰の辺りに下げている。 慣れてるな… 立て続きに三本矢を放った。 矢は吸い込まれるように、頭、喉元、胸に縦一列に並んだ。 「上手いもんだな」と親父が褒めた。 「魔法も乗せられるよ。 見てて!」とスーは嬉しそうにまた矢を番えた。 「《火の手》」 短い詠唱に反応し、引き絞った弦に乗った矢が炎に包まれた。 唖然とする俺たちを後目に、彼は魔法を乗せた火矢を放った。 矢は迷わず真っ直ぐに飛んで人形の頭を焼いた。 「どうだい?!」と奴はドヤ顔だが、周りはそれどころじゃない。 「ばっ、馬鹿野郎!矢場が燃えちまうだろうが!」 スーを怒鳴りつけて矢場に向かって走った。 ここは街中の拠点だ。 火事を出せば憲兵から罰金と懲罰が課せられる。 火事は失火だろうが重罪だ。 「ご、ごめん、すぐに還すよ」 慌てて火事を消そうとする俺の隣から、駆け寄ってきたスーの白い手が伸びた。 彼は水にでも浸すように、手を炎の中に入れた。 火傷すると思ったが、彼は平気な顔で炎の中の何かを掴んで手を引き抜いた。 スーは火の中から黒く炎を纏った蜥蜴を捕まえて、「《帰って(バック)》」と呟いて精霊を異界に還した。 気がつくと炎は消えて、矢場には焦げ後だけが残っていた。 「こいつは凄いな」と親父も驚きながら顎髭を撫でた。 弓の腕前の話ではない。 親父は精霊使いとしての資質を褒めたのだ。 人間の域は完全に超えている。 通常、精霊を操るにも媒介は必要なはずだ。 魔法使いの杖であったり、魔法石が必要となる工程を端折ってスーは精霊を使役したように見えた。 「こいつは…」なかなかの拾いもんだ。 少なくとも此処で追い返して、他に取られてしまったら大損だ。 親父に目配せすると、親父も同じ事を考えていたらしく、俺に頷いて見せた。 俺に任せるということだ。 「スー」と彼を呼び寄せると、不採用を告げられると思ったのか、彼は意気消沈した様子で「ごめん」と俺に謝った。 「採用だ、俺が引き取ってやるよ」 「いいの?!」俺なんかよりずっと年上のガキは目を輝かせた。 「あぁ、魔法使いは欲しいからな」 そう伝えて彼の頭に手を置いた。 「治癒魔法は使えるのか?」 「苦手だけど、少しなら…」 「勉強しな。 剣も使えるようになれ、必要だ」そう言ってスーに手のひらを差し出すと、彼は不思議そうな顔をした。 「握手だよ、知らねぇのか?」 「握手?」手と俺を交互に見て、どうしたらいいのか分からないと言った体で、困ったように瞬きを繰り返している。 「出された手を握るんだよ。 友好の証だ、お前を認めてやったって事さ。 他にも仲直りとか挨拶とか色んな意味があるから、慣れる事だな」 「うん…へぇ、そうか…」 照れくさそうに笑って、彼は俺の手を取った。 女みたいな幼い顔の青年は、キラキラ光る紫の目を嬉しそうに細めた。 「よろしく、ワルター」と懐っこい表情でスーは俺の手を取った。
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