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「着いてきてるか?」と背の高い彼が時々振り返って確認する。
ワルターは周りより少し背が高い。
彼の金髪は赤みがかっていて人混みで目立った。
「随分もみくちゃにされたな」と宿舎を出た時よりくたびれた様子の僕を見て苦笑いした。
また口に煙を含ませている。
人間がああしてるのを何人も見た。
「何だ?」と彼が僕に訊ねたので、疑問を口にした。
「何で人間は煙を吸ってるんだい?」
「煙?煙草のことか?
何でってな…嗜好品だよ。
フィーア人の男の嗜みだ」と彼はよく分からないことを言った。
「まぁ、お前もそのうち分かるだろうさ」と言って、彼は指先で煙草を摘んで煙を吐いた。
独特な匂いが鼻につく。煙たくて咳き込んだ。
咳き込む僕を意地悪く笑って、彼は煙の先を指さした。
「んな事より、あれがお目当ての《金の鴉亭》だ」
看板には料理の皿とグラスの絵が描かれていて、目を引く高い位置に金色の嘴の太い鴉の絵が掲げられていた。
ヴォルガ神の良い知らせを届けるお役目の鳥だ。
ワルターは開け放たれたドアを慣れたようにくぐった。
見失わないように、慌てて彼の背を追って中に入った。
中に入って驚く。
色んなものの入り交じった匂いが嗅覚を刺激した。
騒がしい笑い声や怒鳴り声に囲まれて固まった。
「何だ?ビビったのか?」
ワルターは苦笑いして僕の腕を掴むと、奥のテーブルに僕を案内した。
五人の男達がテーブルを囲んで談笑していた。
「よお、いい感じに揃ってんな」と彼は知り合いの並ぶテーブルに、その辺にあった椅子を持ち込んだ。
「お前の分の椅子ならあるじゃねぇか?」と一人がワルターに訊ねた。
「連れの分がない」と彼は答えて、僕を手招きした。
「何だ、そのヒョロいのは?」と赤毛の大男が訊ねた。
灰色の瞳に睨まれて怯む。
歓迎はされてないのだろう。
ワルターはヘラヘラ笑いながら「まぁ座れ」と僕を椅子に呼び寄せた。
「スー、こいつらお前の先輩だ、挨拶しな」
ワルターに促されて名乗ろうとすると、壁側に座っていた赤毛の男がいきなりワルターの襟首を掴んだ。
「ワルター!お前ふざけんなよ!ガキじゃねえか!」
あまりの怒号に周りのテーブルからも、何事かと視線を集めた。
「ガキは入れねぇって言ってただろうが!」と彼はワルターの襟首を掴んで釣り上げた。
ワルターだってしっかりとした体つきの大男だが、相手はさらに大きかった。
今にも殴られるのではと心配したが、当の本人は慣れた様子だ。
「落ち着けよ、フリッツ」
「フリッツだって怒るさ、俺も反対する」
大男の隣の席に座った男がそう言って、背もたれに体を預けた。
灰色の髪をひとつに結んだ男は他の同席者に「そうだろ?」と声をかけた。
「ワルター、あんたらしくないんじゃねぇの?
何でガキなんか連れてきた?」
「出来の悪いジョークだ。
ソーリュー、お前もなんか言えよ」
「…好きにしろ」
「おいおい、お前ら話は最後まで聞けよ!せっかちだな!」
ワルターは何事も無かったように、フリッツの手を振り払って椅子に座り直した。
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