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エルマーはヘラヘラ笑いながら「良かったな」とまた僕の背を叩いた。
「俺も田舎の出だからさ、ここに来たばかりは苦労したんだぜ。
なんかあったら相談しろよ?」
「ありがとう」と礼を言うと彼は照れたように笑った。
「可愛いな、お前。俺の弟みたいだ」
「弟?」僕が問い返すと彼は「あぁ」と頷いた。
「もう居ねぇよ、家族は流行病でみんな死んだ。
だから俺だけこの街に出てきたんだ」
彼の身の上も複雑らしい。
僕に優しくしてくれる悲しい理由を知った。
会話を打ち切るように、ガタンと椅子を動かす音がして、ソーリューが席を立った。
「…エルマー、話はそのくらいにしておけ…」
「どうした?」
「子供を隠せ、お前の愚弟殿だ。
今そこの窓の外を通った」
ソーリューの言葉にワルターの顔色が変わる。
「スー、机の下に隠れてろ。
いいって言うまで黙って隠れてろよ、いいな?」
「何で…」
「言う通りにした方がいい」と言ってエルマーが僕の頭を抑えて机の下に押し込んだ。
ソーリューが、さっきまで僕が座ってた席に腰を下ろした。
彼の黒い外套が視界を奪った。
訳もわからずにいる僕の耳に聞こえてきたのは、あの団長みたいな大きな声だった。
「ワルター!居るんだろ!」
賑やかだった店内が水を打ったように静まり返った。
声を出しそうになって、慌てて口を両手で抑えた。
静かになった店の中に重い靴の音が複数響いた。
靴音はすぐ近くで止まった。
「父上から聞いたぞ、矢場を燃やしたって魔法使いは何処だ?」
「何の話だ?」とワルターが惚けて見せる。
彼の足が向く方向を変えた。
その先には数人の男の足が見えていた。
前の男の足が動くとワルターの身体が椅子から引きずり上げられた。
「妾腹の生まれのくせに、偉そうにするなよ!
お前が連れていったのは知ってるんだ!
さっさと出せ!」
「坊ちゃん、何怒ってんだ?」とエルマーが鼻で笑った。
「さあな…」とヨナタンの声がした。
机の下で、彼の手が僕の襟首を捕まえて、こっそり机の端の方に寄せた。
誰かが机を叩いた。頭の上で、皿やグラスが騒がしく跳ねる。
「次期団長の俺に隠し事か?
身の程わきまえろよ!」
「なんの事かさっぱりわからんね、兄貴を人攫いみたいに言うなよ、人聞き悪ぃなぁ」
飄々とした様子のワルターに食ってかかる相手は、どうやら彼の弟らしい。
「卑しい母親から産まれたお前を、わざわざ取り立ててやったビッテンフェルト家への背信行為だ!」
「おいおい、待てよ。
確かにあんたはビッテンフェルトだが、当主でもなけりゃ俺の雇い主でも無いはずだ。
ちと勘違いしてないか、ギュンター?」
「確かにな、気の早いこった」とフリッツ達も同意した。
「俺の隊に誰入れようが、お前にはなんの影響も無いはずだ。
矢場の件も親父から聞いたんなら、親父の知るところだ。何も問題ねぇよ。
卑しい生まれの男から部下をかすめ取るなんて卑しい真似するなよ、兄弟?」
「貴様!」怒声と物がぶつかる音がしてワルターの身体が床に倒れ込んだ。
「へぇ、流石カールの曾孫だ。
痺れる拳だねぇ…」
「俺をバカにしやがって!
ぶっ殺してやる!」
弟は、床に倒れたままの兄に向かって、近くにあった椅子を振りかざした。
動いた僕の襟首を掴んでヨナタンが「待て!」と怒鳴った。
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