欲しがり

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✩.*˚ 「あの…ワルター様、寝る前に少しお話聞いて頂けますか?」 寝室に入ると、ベッドの上に座っていたテレーゼが俺にそう切り出した。 俺、なんかしたか? そう自分に訊ねるが、特に思い当たる節は無い。 でも彼女の浮かない顔に只事では無い空気を感じていた。 「(ヘンゼル)の事か?勝手して悪かったよ。あいつは俺が傭兵してた頃の知り合いで…」 「いえ、それは承知してます。私もご挨拶いたしましたし、お客様についてはワルター様のお好きにしていただければと…」 テレーゼの言いたいことは俺への文句ではないようで安心した。 とりあえず彼女の隣に座った。 「聞くよ。なんだ、話って?」 彼女の手を握って話を促すと、テレーゼは悲しそうに俯いたまま話を始めた。 「私の…生徒のことなんです…ティモシー・バード。カナルに近い、廃村になったバード村の出身の男の子です…」 「それって、あのオークランドの騎行の生き残りか?」 「はい。あの騎行で家族を失ってます。今は学校の寮で暮らしてます。 とても優秀な子で…学校でも下の子たちの指導などもお願いしてて…私もとても助かってました…」 「そっか。良い子なんだな」 「はい。それで…親友で同村出身のヤンと一緒にリューデル商会への奉公を薦めたんです」 「そりゃ破格の待遇だな」 「リューデル伯爵とのお約束ですから… リューデル伯爵には学校の創設に多大な貢献をしていただきました。学校で育った優秀な人材を紹介することで叔父様に恩返しできますし、私の生徒たちにとっても良い奉公先を紹介することができます。 ふたりとも優秀ですし、私も自信を持って送り出すことができます。仕事に慣れるまでは大変かも知れませんが、二人なら乗り切ってくれると信じてます…でも…」 そこまで言ってテレーゼの声が震えて止まる。俯いた先にある硬く握った手の甲をどこからか落ちてきた雫が濡らした。 「あ、あの子は…ティモは…ずっと、あの騎行を…ずっと、覚えてて…苦しんでたと思います…わ、わたし…どうしたらいいか…」 「そうか…」と頷いてテレーゼの手を握っていた手を彼女の肩に回した。 彼女を抱きしめて震える背を撫でた。 彼女は本気で自分の人生を賭けて子供たちの未来を作ろうと頑張っていた。 贅沢もせず、常に学校のため、子供たちのためにと奔走してた。そんなの一番近くで見てた俺が一番よく知ってる。 「そのティモって生徒はリューデル商会行きを断ったのか?」 俺の質問にテレーゼは小さく頷いた。 勿体ねぇな… 俺でも分かるぐらいの馬鹿な選択だ。賢い奴ならそれが分からないわけでも無いだろうに… だが、テレーゼの嘆きはそれでは終わらなかった。 「ティモは…傭兵になるって言うんです…」 「はあ?そいつ馬鹿じゃねぇの?!」 あまりの事に、つい本音が出てしまった。 慌てて自分の口を塞いだが一度出た言葉は戻らない。なんて言って挽回しようかと思ったが、テレーゼはきょとんとした顔で俺を見上げて困ったような笑顔を見せた。 「本当に…困った子ですよね…」 「あ、あー、すまん…でも…リューデル商会蹴って傭兵なるとか…何ていうか…」 「ティモも、悩んだと思います。でも…そこまで思い詰めてると知らなくて…私、先生と名乗るには役不足ですね…」 「お前はできる限り世話してやったんだろ?それに、その親友のほうはリューデル行き了承してるんだろ?」 「ヤンはリューデル商会行きを希望してくれてました。でも、ティモの話を聞いて、少し気持ちが揺らいでて…親友を残して行く事を薄情に思っているのかも知れません」 「はぁ…」なんとも悩ましい話だ… 「私は、ふたりともリューデル商会に行ってほしいと思ってます」 テレーゼの願いは至極真っ当で、その少年たちが一番幸せになる方法だろう。それに、テレーゼの学校の評判にもつながる。続く子供たちのことも考えれば、そのふたりには是非リューデル商会に行ってほしいと思う。 ただ、それだって楽な道じゃない。それなりに苦労もするだろう。だからこそ、テレーゼもそのふたりでと紹介を決めたのだろう。 「分かった。俺も明日スーと話してみるよ。 どうせ、この辺で傭兵になるって言ったら《燕の団》だ。あいつ抜きで話が進むはずも無いからな」 「はい。おまかせしてもよろしいでしょうか?」 「結果まではどうにもできないけどな…そいつの意思が硬いんなら、覚悟するのはお前の方だぞ。ただ、俺は傭兵なるよりリューデル商会で働くほうが良いと思う」 「はい」 「お前も心配かもしれないけどさ、今日はもう寝よう。明日も学校行くんだろ?」 「はい」と答えるテレーゼの表情は俺が寝室に入ってきたときより柔らかくなったみたいだ。 解決まではしてないものの、自分の中で抱え込んでいた悩みを話すことで少し楽になったのだろう。 テレーゼと一緒にベッドに横になった。 彼女の呼吸がゆっくりとした寝息に変わるまで待って俺も目を閉じた。
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