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「今日も収穫なし、か……。」
私は香山さくら。
世間一般が学校や会社帰りの人で溢れかえる頃、私は肩を落としながらハローワークから帰るところだった。
小さい頃からアニメやゲームが好きで、周りからオタクと揶揄されながら生きてきた私。
でも勉強は出来たから必死に努力した。
だから高校も大学もトップクラスのところに入れた。
そんな私を評価してくれた大手企業に大学卒業後入社、順風満帆な人生のはずだった。
しかし蓋を開けてみればそこはサービス残業パワハラなんでもありのブラック企業、1年で体を壊して辞めてしまった。
なんの為に今まで努力してきたんだろう
「な~んてね!さあ帰ったら堅物の優等生生徒会長くんを落とすわよ~!」
一通り落ち込んだらすっきりして帰ってからゲームの続きをやるのが楽しみになった。
人間挫折すると強くなる。それは2次元も3次元も一緒だ。
某有名漫画のバスケットマンだって挫折してからグレたが、更生後は諦めが悪く粘り強い選手になった。
私も会社を辞めてからしばらくは引きこもり、なにもしたくなくなったがオタク生活で築き上げたリア友やSNSのコミュニティに助けられどうにか就活する努力が出来るところまできた。
人間辞めたくなったことはあるが、私は幸せだ。
自分の足で地に足をついて歩けているのだから
「……なにこれ?」
帰ってからアパートの郵便物を確認すると、見たこと無い金色で装飾された便箋が入っていた。
差出人の名前も住所もない、あるのは私の名前だけだ
どうみても怪しい……。しかし詐欺や督促状ではないようだ。
興味本位で封を切ってみた。
すると中からぼわっと煙が吹き出した。
「は?え?なに??」
わけがわからないまま棒立ちしていると、中から女の子向けのアニメに出てくるマスコットみたいな猫が出てきた。
「こんにちは~!香山ちゃくらちゃんでちね?」
「しゃべった!!!」
突っ込んだ後「あ、動物がしゃべると本当にこんな突っ込みするんだ」なんてどうでもいいことを考えていると、猫がかまわず喋り出した。
「おめでとうございまち!あなたは第143銀河の814代目王妃様に選ばれまちた!」
「は?」
何を言っているんだこの猫は
銀河?王妃?ゲームじゃないんだからあり得ないだろう。見て見ぬふりしよう。
「ままままってくだちゃい!!!なんで僕を潰そうとしてるのでちか!?」
「いや、手紙から出てきたから元に戻せると思って」
「だからって力ずくはやめてくだちゃい!僕のキュートでパーフェクトな毛並みがだいなちでち!」
「自分のことキュートって言ってる時点であなたのことびた一文信用できないわよ」
しばらくすったもんだやっていたが、近所の人に見られると私が動物虐待者に思われると気づいて急いで胡散臭い猫を連れて家に入った。
「ここがあなたの部屋でちか?テレビゲームでいっぱいでち」
「猫がゲームなんて知ってるの?」
「馬鹿にしないでくだちゃい!王妃様を選ぶときは王妃様の住んでる星のことを調べてからきまちゅ!」
「あーはいはい。で、あんたのいう王妃様ってなんなの?」
「よくぞ聞いてくだちゃいまちた!」
猫は2本足で立つと腰に手を当ててえへんと威張った。
ゲームの続きがやりたいから早く帰ってくれないかな
「つまり、私たちが住んでる第143銀河を納める王様の子供がそろそろ結婚する年で、その相手に選ばれたのが私なのね」
「そういうことでち!」
「よし、わかったわ。とりあえずゲームやりたいから早く帰りなさい」
「待ってくだちゃい!!!今の話の流れでなんでそうなるんでちか!?」
「猫がしゃべってる時点であり得ないことが起きてるのは事実だからとりあえずその話は信じるわ。でも私は王妃様なんかに興味はないの。わかったら帰りなさい」
「なんででちか!?王妃ちゃまになればあらゆる願いが叶いまち!ゲームだってやりたいだけできまち!」
「王族なんて自由がないのが世の常よ。庶民からは優雅に見えても花嫁修業や社交場のマナーを身につけてゆくゆくは男の子を産むよう強要される。そんな人生真っ平よ。」
「それはごちんぱいいりまちぇん!銀河の王族は地球のそれとは違いまち!マナーも花嫁修業もいりまちぇん!王妃様は好きなところで好きにちゅごちていただいてかまいまちぇん!子供はご結婚ちゃれてから200年目の夜に星空から授かりまち!」
「200年なんて私生きられないわよ。」
「それもちんぱいいりまちぇん!王妃ちゃまになれば永遠の若さを手に入れられまち!500年すると星空に召し上げられて銀河の平和を見守るのでち!」
「今の話聞いてもっと嫌になったわ。私は500年も生きたくないし星になんかなりたくないわよ」
「な、なんででちか!?人間は普通永遠の若さと美貌を望まれまち!」
「普通はそうかもね。生活に何不自由なく、何に縛られることなく長生きできる。デメリットなんてないわ。でも私は嫌。普通に生きて普通に死にたいの。この先に何が待っていても私は私に与えられた人生を生きるわ。そんなことより仕事よこしなさい」
「王妃ちゃまになれば働かなくていいのでちよ!?」
「それも嫌。自分で稼いだお金でする贅沢こそ至高よ。」
「うぐぐ……。どうちても嫌なのでちか?」
「5億積まれてもお断りよ」
「王妃様を無理矢理連れていくのは銀河法できんち(禁止)されてまち……。ちかたありまちぇんが今日は帰らせていただきまち……。」
「早く帰んなさい。二度とくんじゃないわ」
「待ってくれよ!マドモアゼル!」
「「えっ!?!?」」
どこからともなく声が聞こえた。
猫もキョロキョロしているところを見ると、猫からしても予想外のことが起きてるんだろう。
すると猫が出てきた便箋がまた煙を吹いた
しばらくすると煙は人の形になり、 金髪サラサラストレートロングのイケメンが出てきた。
「お、王子ちゃま!」
「やあザクロ。ご機嫌いかがかな?」
「ちゅ、ちゅみまちぇん!王妃ちゃまをなかなか連れ帰れなくて……」
「うんうん、訳は便箋を通して聞いていたから大丈夫だよ。それより……」
突然表れた王子だろう男はつかつかと私のもとへ歩み寄ってきた。
「君は実に素晴らしい女性だ。強く、気高く、誰にも屈しない。写真を見たときから運命を感じたが、ますます好きになってしまったよ」
頬を赤らめて手を握られるが、私はばしっと払いのけた。
王子は面食らっている。
「ごめんなさい。私男の人に触られるのが嫌いなの。」
「ああ、すまない。つい気が高ぶってしまって、失礼なことを……。」
「あと靴脱いでちょうだい。この国は土足厳禁よ。」
「ちゃ、ちゃっきから聞いていればいくら王妃ちゃまでもちつれいでちよ!!」
「王妃様になんかならないって言ってるでしょ」
「……素晴らしい!!」
「「は???」」
王子はさっきよりも目を輝かせて私を見つめる。
何こいつ?ドM?
「君は誰のものにもなりはしない。君は君のものだ!それがたまらなく素晴らしい!手に入らない宝石ほど惹かれるものさ。それは私も例外じゃない。私はどうしても君が欲しくなってしまったよ。」
何を言ってるのかわからないが、王子は私に完全に惚れたらしい。厄介なことになったな……。邪険に扱って嫌われる予定だったのに。
「決めた!私も人間になるよ!」
「「はっ???」」
またも猫とハモってしまった。
「君が私のもとへ来てくれないのなら、私が君のもとへ行くよ。君がそこまで人間の暮らしにこだわる理由が知りたい。永遠を捨ててでも人として生きる素晴らしさを君と分かち合いたいんだ。」
「な、何言ってまちか王子ちゃま!!王ちゃまと現王妃ちゃまにはなんておはなちちゅれば……」
「それは僕が話すよ。これは僕の我が儘だからね。」
「いや、私が言うのもなんだけど、やめた方がいいわよ?人間なんて今のあなたからしたらとても弱い生き物よ。だからこそ間違うし、悪いやつもいる。今の選択を後悔する日がくるわ。それにあなた跡継ぎなんでしょう?女一人の為に失うものが多すぎる。」
「美しいだけじゃなく、優しいんだね。マドモアゼル。大丈夫さ。僕は君が思ってるほど弱くないよ。それに跡継ぎがいなくなれば新たな跡継ぎを星達がくださるんだ。問題ない」
「どうしてそこまでするの?」
「君が私の運命だからだよ、マドモアゼル。いや、さくら」
私に背を向けると王子は猫を抱えた。
「さあ、帰ろうザクロ。お父様とお母様を説得しなければ」
「ま、待ってくだちゃい王子ちゃま!本気でちか!?やめてくだちゃい!王子ちゃまがいなくなったら僕……。」
「大丈夫、君も一緒に来てくれるよう説得するから」
「王子ちゃま……」
一人と一匹は便箋に吸い込まれていく。
そうかと思うと便箋はひとりでに燃え始め跡形もなく消えてしまった。
「なんだったの?」
きっと悪い夢でも見たんだろう。
そう片付けて私はテレビに繋いだ2世代古いゲーム機を起動した。
数ヶ月後、突然内定通知が届いた。
企業名を見ても面接どころか応募もしたことない企業だった。
しかもそこは最近突如として頭角を表し始めたベンチャー企業。ホワイトで有名なことでも知られている。
入社前面談があるとのことで行くと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「やあ、さくら。久しぶりだね」
「あ、あんた!この前の王子!!と猫!!」
そこには数ヶ月前突然あらわれた王子と猫がいた。しかし猫はしゃべらず、二足歩行もせず、ただの猫らしくにゃーんと一声鳴くだけだった。
「あの後お父様とお母様を説得して人間にしてもらったんだ。ザクロも連れてきたけど、残念ながら普通の猫にしてもらったから人間の言葉を喋れなくなってしまってね。」
王子、いや元王子はにっこり頬笑む。
「君と暮らすにはまずお金と地位が必要だった。その為には会社を起こす必要があってね。自信はあったのだけど思いの外うまくいかなくて君を迎えにいくのに少し時間がかかってしまった。」
「いや、十分早いわよ」
恐るべし元王子の能力。人間になってもここまで成功するとは。
「これぐらいで君を手に入れたとは思ってないよ。まずは側にいて君のことを知りたいんだ。もっともっと君のことを知って、必ず君を振り向かせて見せるよ。」
「……前にも言ったけど、なんでそこまでするの?私美人でもなんでもないわよ。私より綺麗で貴方にふさわしい人はたくさんいるわ」
元王子は静かに首を振った。
「美しさなんてそれぞれが決めるものさ。僕は君がこの宇宙の誰よりも気高く、美しく、そして孤独に見えた。一人で強くならないでおくれ。僕の宝石。その為に僕は君のもとへ来たのだから」
「は?」
私が、孤独?馬鹿なこと言わないでよ。私には友達がいるし家族もいるわ。さみしいことなんてない。
「君自身も気づいてないんだね。もっと弱くなっていいんだ。人前で弱音を吐いて、泣いて、醜いところを見せておくれ。僕に見せてくれたら、もっといいのだけど」
人前で泣く?冗談じゃないわ。そんなみっともない真似出来ない。そんなことしなくてもやっていける。今までそれでやってきたのだから
「僕はもう銀河の王子じゃない。君だけの王子になると決めたんだ。さみしい時は頼っておくれ。泣きたいときは泣いておくれ。僕は絶対に君を守るから」
大きく出たわね。流石元王子様。面白いじゃない。本当に私が何しても嫌わないか試してやるわ。
「わかったわ。じゃあ今夜飲みにでも付き合ってくださらない?聞いてもらいたい愚痴が山ほどあるの。それとも社長様は忙しいかしら?」
「!!!もちろんいいとも!!!君のためならどんな仕事もすぐに終わらせるさ!!!」
元王子の目はいきなり輝き始めた。わかりやすい人。
「話がこれだけなら帰るけど」
「あ、待ってくれ!」
椅子から立ち上がろうとすると、元王子に引き留められる。
「君にはまだ名乗ってなかったね。僕の名前はウラノスというんだ」
「ウラノス……」
そういえばこいつの名前は初めて聞いたわ。
神話に出てくる天の神様の名前ね。流石は銀河の王子様なだけあるわ。
「でも僕はこうして人間に生まれ変わった。だから人間になったら君に改めて名前をつけてもらおうと決めてたんだ。どうかな?」
「別にいいけど……」
ふと思い浮かんだ名前があったので、ぽつりと口にした。
「蓮……」
「蓮……ハスの花のことだね!100年種のままでも一度植えれば泥の中からでも芽吹くという!
素晴らしい!君にとっての蓮の花になれるよう努力するよ。どんなに君の心が淀んでしまっても、君の心を照らす一輪の蓮の花のように」
そんな大した意味などなく、たまたまこの前攻略した乙女ゲームのキャラクターの名前だったのだけど、気に入ったらしいからまあいいか。
「あーはいはい、まあ頑張ってね」
私は自分を美しいと思ったことがない。
むしろ醜いと思ってる。
でもこんな醜い私でも生きていけるように世の中は出来ている。
だから私は平気だと思ったのに、私が孤独だの、美しいだの変なこと言ってくれるじゃない。
そこまで言うなら咲いて見せてよ。
私の心の泥の中から芽吹いて、私を孤独から救いなさいよ。
そして蓮が芽吹くような泥のような心の持ち主でも、私が美しいと言ってみなさいよ。
それでも私はあんたのものになんかならないけどね、でもそんな私が好きなんでしょう?
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