追加エピソード その後の夫

1/1
前へ
/39ページ
次へ

追加エピソード その後の夫

なんでこんなことになったんだろう。 俺は愛する人を失った。 失って……違うモノを手にしている。 「おかえり。今日は調子が良いから夕食作ったよ。 ちょっと張り切っちゃった」 はにかみながら出迎えてくれる、真紀じゃない人。 真紀の場所だったそこに、真紀じゃない人がいる。 少し膨らんだ腹を撫で、甘えるように擦り寄ってくる。 どこもかしこも似ているところがない。  真紀はそんなに小さくないし胸だってない。 こんな風に仕事疲れの俺に、いつまでも遠慮なくまとわりついて来たりしなかった。 お疲れ様って笑ってくれる。 鞄をさっと取ってくれて部屋着を渡してくれる。 着替えている間に温かい料理が並べられていて、作ったことを誇らし気に言ったりしなかった。 腕に重くのし掛かる身体。 愛をアピールする媚びの含んだ眼差し。 そこに、俺に対する労りはない。 ああ、バカだなぁ。 今更になって分かるなんて。 俺は楽しんでいた。 俺だけ楽しんでいた。 真紀のさり気ない愛に満たされていたくせに、それを平凡と評して俺自身は愛を返していなかった。 比べて分かる。 真紀の愛と香織の愛は違う。 真紀は俺のことを考えていて、香織は自分の感情しか考えていない。 そして俺も……俺も香織と同じだった。 部屋に散らばる真紀の残骸。  目を凝らしてかき集めるのに。 カケラを繋ぎ合わせてあの日を思い出そうとするのに。 日を重ねるごとに薄まって、消えそうで、違う何かが覆い尽くしていく。真紀を過去にしていく。 離婚なんてしたくなかった。 こんなの望んでいなかった。 責任がなければ、形がなければ、香織と一緒に未来を築こうなんて思わなかった。 俺は香織を愛していない。 ただその時を楽しんでいただけ。 楽しむスパイスとして相手を喜ばせることはあったけど、本心じゃない。 俺は真紀を愛している。 違うと言われたけど違ってない。 だって全然全然、真紀を忘れていない。 愛を返せば良かった、自分本位にならなければ良かったと、後悔している。 愛してなければ、こんなに辛く息苦しい毎日を過ごしてなんかいない。 俺が真紀と離婚した日、香織も夫と離婚した。 愛のない結婚はやめにしたい、と言われたそうだ。 俺は愛を捨て何を手にしたんだろう。 そして香織は、愛のない俺を手にして幸せなんだろうか。 この先に待ち受けるものに期待はない。 自己の愛に陶酔する香織を愛することもない。  愛のない人との間に産まれる子供を愛せる自信もなかった。 一時の快楽を求めた代償は大きかった。 その代償は一生俺に付き纏う。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

466人が本棚に入れています
本棚に追加