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真紀&中谷さん 構わなくていいんですよ?
仕事も終わり間近に差し掛かる頃、本当に中谷さんが迎えに来てしまった。
アレは社交辞令、忙しいはずの中谷さんがそう何度も来れるはずがない。
定時になって来なかったら帰ろうと思っていたのに、それすらも封じる十分前到着だった。
何と言えばいいか分からない心境だ。
私の手荷物をがっちり掴む中谷さんは、花束だけを手にした私を停めてあった車に誘導する。
分かっていたけど車ももちろん高級車。
左ハンドル。
似合う男の人だけど、連れの私は乗るのもおこがましい。
「ああ、悪い。また配慮を欠いてしまったようだ。
これに香織は乗ってないよ。離婚と同時に家も車も新しくしたんだ」
乗るのを躊躇ったのはそういう理由じゃないけれど。桁違いの金銭感覚で香織の存在を悟らせない配慮があるのなら、夫だった中谷さんが関わって来る矛盾はどうして気付かないのだろう。
「あの、ご自宅にお邪魔するのはやっぱりちょっと……」
私達の関係は特殊だと思う。
始まりがアレだし、その結果がお互いの離婚だ。
気にかけてくれるのは嬉しいけれど、相談にも乗るのもいいけれど、家に行くのは違う。何か違う。
「私の自宅に来るのは嫌かな」
「嫌とかそうじゃなくて、」
「なら、私が余計な事を言ったから、もしかして警戒してる?」
「……違います」
余計な事とはアレだろう。
愛がなくても抱ける発言。
忘れてないけど、中谷さんが私にそういう欲をぶつけるとは流石に思っていない。だから否定した。それが仇になったようだ。
じゃあいいでしょ、と言われたら、今度は何を理由に嫌と言っていいか分からない。
結局押し負けてしまった私は、初めて乗る高級車に身を縮め、着いたタワーマンションにも身を縮める羽目になった。
コンシェルジュがいる。
お帰りなさいませ、だって。
家にも入ってないが既に帰りたくなっている。
中谷さん、貴方言いませんでした?
独身に戻ったから狭い部屋だけどって。
到着したの、まさかのひと部屋しかない最上階ですよ?
「家具備え付けのマンションを探したら、たまたまここしか空いてなくて。でもほら、香織と過ごした時に使ってた服も靴も鞄も捨てたから、新しく買ったものがそこらじゅうに溢れてて狭いだろう? 嘘は言ってない」
ブランドものの袋の山が部屋にある。
確かにあるけれど、部屋自体は全然狭くない。
「そういうの、屁理屈って言うんです」
「知ってる。だけど初めに言ってたら来なかっただろう?」
「今でも帰りたいですけどね」
「ダメだよ。今日は帰さない……なんてね。一度言ってみたかったんだ。冗談だからね。引かないで欲しい」
ドン引きですよ。
貴方でもそんな冗談を言うなんて。
腕を掴まれた時はドキッとしたじゃないか。
すぐに放してくれたけど、まだ心臓がバクバクいっている。
密室で二人きり。
何の関係でもないけれど、変に意識してしまう言葉や触れ合いは辞めて欲しかった。
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