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後日談の前に 中谷さん編
出張から帰って来て早々、妻の香織の身辺調査結果にため息が出た。
遊ぶこと数知れず。
色狂いなのかと疑うほどだが……これはシャレにならない問題だ。
すぐに香織を問い詰めるも、泣いてばかりで話にならない。
「これから相手方の家に行く。用意しろ」
「……まだ、まだ彼には言ってないの……」
「お前は自分が何をしたか分かっているのか」
この期に及んで尻込みするように震え出す。
形が成されてしまった以上、黙ることなどあり得ない。堕すつもりもないのに、保身だけは一丁前な態度に嫌悪感が込み上げる。
私は香織を愛していない。
というよりも、愛そのものを分かっていない。
周囲が煩いから結婚しただけで、相手は別に香織じゃなくても良かったのだ。
だが、私にも常識というものは持ち合わせている。
香織のように結婚しながら不貞を犯す愚行はしないし、する気があるなら結婚の精算が先になるだろう。
まぁその辺は、これから話す相手次第だった。
元から必要としてない香織を貰ってくれるなら、言うに越したことはないが……そうじゃない事は分かっていた。
香織の相手は既婚者。
夫婦仲は良好。
夫の方に離婚する気は微塵もなく、香織はただの遊び相手に過ぎない。
調査で読んだ内容に頭が痛くなる。
奥さんは夫の不貞など知らないはずだ。
彼女のことを思うと憂鬱でたまらないが、言わなければ解決しないのも確かだった。
嫌がる香織を引き連れて、インターホンを押す。
出て来たのは背の高い清楚な美人で、愛想の良い笑顔が印象的。
今からその笑顔を壊す役目を負った私は、苦い思いで用件を告げた。
女特有のヒステリーは嫌いだ。
泣き喚くような収拾のつかない状況だけは避けたいが、震える香織や相手の男を見れば役に立ちそうな気配はなかった。
すまないな、奥さん。
君に恨みはないし、とてつもない被害者なのも知っている。それに手を貸すような真似をしたのは私だが、修羅場に付き合うつもりはないんだよ。
出来るだけ冷たく見えるように。
出来るだけ端的に事実を述べた。
察しているだろうに、凛とした表情。
気丈に振る舞おうと取り繕う姿。
それがどれほど醜く変わるのかを想像し、胸に渦巻く罪悪感を見ないフリで切り出したのだが。
彼女は泣かなかった。
喚きもしなかった。
それどころか、突き放すような情もへったくれもない私の言い方に、挑むように先を促したのだ。
辛い現実から逃げないのか……
女とは、こうも強かったのか……
いや、彼女が特別なのかもしれない。
思っていたのと違う反応に驚いた。
自分の中にあった価値観が根底から覆されたようで、そこから一気に彼女に惹きつけられる。
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