後日談3 人生は何が起きるか分からない

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後日談3 人生は何が起きるか分からない

ほんの数年前、これ以上落ちることはないという地獄を体験した。 愛し信じていた人の裏切りは、私から全ての感情、人に向ける信用や信頼、好意を奪い去ったのだと思っていたけれど。 人生は何が起きるか分からない。 「真紀さん、本当にいいのか」 「はい」 「無理してない?」 「してません。大丈夫です」 何度も心配気に尋ねる中谷さんは、階下で暮らすことになった従兄弟夫婦を気にかけてのものだ。 追い出すか、引っ越すかを迫られて、どちらもノーと答えたのに、まだ納得がいかないらしい。 「私は何とも思ってないが、もし真紀さんが香織と顔を合わすのが嫌なら正直に言ってくれ」 「うーん、複雑な気持ちはありますけど、もう終わったことなので」 「複雑なんだな。分かった。やはり我々は引っ越すべきだと思う。郊外にいい物件があるから買うことにしよう」 早速携帯を取り出す中谷さんを慌てて押し留める。 「何故だ。私達の暮らしに一点の曇りも許せない。真紀さんが我慢するなどあってはならないんだ」 「これから親戚として付き合うのに、避けてどうするんですか」 「別に付き合わなくていいだろう。それに、私はまだあの二人の約束破りに怒っている」 「私と先に結婚したことで済んでますよね」 「済んでない。結局、そのせいでハネムーンに行けなかったじゃないか」 「貴方が結婚を急かすからでしょう?!」 香織が妊娠中なのに反故にした約束を盾にして、二人の結婚に大反対していた中谷さん。 私が勘違いしたこともあって、非はそちらにあると言わんばかりに責め立てていた。 落とし所は一つしかなく、中谷さんが思い描いていた通りの未来、つまり私と中谷さんが先に結婚すれば丸く収まると、暗にそういう雰囲気を彼自身が醸し出したので私は頷くしかなかったのだ。 多少、強引な気がしないでもない。 相手の失態に付け込んで誘導された気がしないでもない。 でも…… 最終的に受け入れたのは私で、決めたのも私。 頷いたその日の内に婚姻届を提出することになるとは思わなかったけど、挙式だ、ハネムーンだ、新居だ、と大騒ぎする中谷さんを宥める為にはソレしかなかった。 ちなみに、抜かりないことに、この騒動の前にちゃんと例のやり直しとプロポーズは受けている。おいおい考えます、と返事したことが気に食わなかった、なんてことはないと信じたい。 私達が結婚した後、香織も結婚した。 産月に間に合って良かったと思う。 心から祝福出来たかと言えば微妙だけど、前のように流れてしまえという最低な考えは抱かなかったので安堵した。 香織は反省している。 過去の過ちを認め非を認め、悔い改めて新たなスタートを切ることは並大抵のことじゃない。 私が中谷さんのおかげで、人に対する愛を信じ信頼も信用も取り戻せたように、香織もまた夫となった人によっていい意味で変わったのだろう。
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