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新たな悪夢の始まり
やってしまった………。
あんな裏切りをした夫でも殴らなかったのに、中谷さんのことを思い切り殴りつけてしまった。
右手が痺れてじんじんと熱を持つ。
殴った私がこれだけのダメージだから、殴られた中谷さんはきっと数倍痛く、頬は晴れ上がっているに違いない。
やらかした。
やらかしてしまった。
中谷さん、仕事中なのに……
確実に昨日の出来事が尾を引いている。
喜怒哀楽のタガが、感情の振れ幅がおかしくなっている。
ついさっき、怒鳴り散らして暴挙に及んだ私は、夫だけじゃなく中谷さんからも逃げ出した。
我に返った今、何もあそこまで言うことも殴ることもなかったな、と思わなくもない。
『もし真紀さんの、怒りのやりどころがないのなら、私がそれを受けていいと思っている』
『……怒りはあります。悔しさも虚しさも。正直、誰彼構わず当たり散らしたい心境です。でも、中谷さんにはぶつけませんよ』
『やり返してやろうとは?』
『……どういう意味です?』
『つまり、同じことを。
今風に言うなら真紀さんと私はサレた側。嫌じゃなければだが……スル側になってみたいならお相手しようと言っ』
そこでまず、手が出てしまった。
二発目三発目は堪えたが、口は止まらなかった。
『サレたからやり返す? 寝取られ同士、傷の舐め合い慰め合い? ……バカにしないで! そんな事望んでないし考えたこともない! 貴方がそんな考えだから香織だって不倫するの! 自分の感情のまま振る舞うの!モラルも倫理観もない夫と人の夫を最低最悪なやり方で奪う妻、あんたら二人はお似合いね!』
……殴って正解かもしれない。
思い出して、やっぱりもっと殴れば良かったと後悔すらしている。
脱げかけのスリッパを履き直す。
片方は既にない。
怒り心頭で出て来たから、どこで脱げたか分からなかった。
ダサさに磨きをかけた姿に道ゆく人が私を避ける。
丁度いい。歩きやすい。
こんな感想を持つこと自体、今の自分が異常な精神状態だと思い知る。
中谷さんは、私と寝る覚悟をしているらしい。
はは、笑える。
夫に不倫された私が不倫相手の夫に誘われるなんて。
しかも言うに事欠いて覚悟と来た。
どこまで惨めになればいいのか。
そんな覚悟は要らないし、そんな選択肢は唾棄すべき提案だ。
……だけど。
痛かったろうなぁ。
顔が一瞬で横向いたもんなぁ。
まだ手が痛いし、よく見ると拳が擦りむけている。
憤慨は解けないし許してもいない……が。
大人として良い対応じゃなかった。
渡されたハンカチに罪悪感が込み上げる。
更に皺の寄ってしまった名刺が殴られた中谷さんと重なって見えた。
………明日、明日、謝りに行こう。
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