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舞雪と鈴音
そんな中、昼休みに弦真のもとを鈴音が訪ねてきた。
「弓波君、ちょっといい?」
そう言って、鈴音は弦真を音楽室へ呼び出した。
鈴音は、弦真を椅子に座らせると一呼吸置いて話し始めた。
「とりあえずまずは自己紹介からね。私は13HRの宇野鈴音(うのすずね)、よろしく」
鈴音はそう言って弦真に右手を伸ばした。
「俺は11HRの弓波弦真です、よろしく」
弦真は鈴音の手を取ってそう言った。
鈴音は手を膝の上へ戻すと神妙な面持ちで話し始めた。
「落ち着いて聞いてほしんだけど、たぶんこれから一週間、舞雪はあなたとピアノの練習をすることはできないわ」
弦真は、ひどく困惑しながらも鈴音に訪ねた。
「えっと、鈴音さん。それってどういう意味ですか?」
鈴音は、舞雪の癖と同じように、髪をくるくると遊びながら口を開いた。
「舞雪はもともと体の具合が良くなかったの。でも、あなたからピアノを一緒にやろうって言われて乗り気になったのか、ここのところ毎日遅寝早起きが続いてしまっていたのね。昨日私が舞雪を呼びにきたのは、具合の悪い舞雪を病院へ連れて行くため。私がついていかないと、あの子意地でも自分じゃ行こうとしないもの」
鈴音はそう言って、世話のかかる妹を見るような穏やかな顔で微笑んだ。
だが、その優しい表情も一瞬のことだった。
「それで、昨日病院へ行ったらお医者さんに一週間は安静にしていろと言われたわ。
舞雪はかなり悔しがっていたけれど」
弦真は、鈴音の説明を聞いて大いに納得した。だから今日朝舞雪が来れなかったのか、と。
「い、命に別状はないんですよね?」
弦真が思いついた問いを恐る恐る口にするも、鈴音は首を縦に振った。
「ええ、その心配はないそうよ」
弦真はその答えを聞いてひどく安堵した。
しかし同時に、自分のせいで舞雪が体調を崩してしまったのだと思うと、やるせない気持ちに襲われた。
弦真はふと疑問に思ったことを鈴音に言った。
「話の腰を折るようで悪いんですけど、鈴音さんって僕のことどう思ってます?」
鈴音は弦真の発言を聞いて、少し頰を赤らめた。
「あ、いえその。変な意味とかじゃなくて。鈴音さんにとって小花衣は友達じゃないですか。友人が特に知らない誰かのせいで体調を崩したとかってなったら、すごく嫌だと思うんですよね。そういう意味で聞きました」
弦真は罰が悪くなって、早口でまくし立てた。
「ああ、そういうことね」
鈴音は弦真の補足の説明を聞いて、納得したように頷いた。
「そんなの、当然決まってるじゃない。弦真君のことは好きじゃないわ」
鈴音はそう言って、ふふっと笑った。
「でもね、舞雪があなたのことを楽しそうに話してる姿を見ちゃったら、舞雪の思いを無下にすることもできないじゃない」
鈴音はそう言って窓の外を眺めた。
「それに私的には舞雪が夢中になってるあなたのことをよく知りたいしね…」
鈴音の呟きは弦真の耳には届かなかった。
「それで、弦真君。これはわたしからのお願いなんだけど…」
そう言って、鈴音は再び神妙な面持ちで弦真に向かい合った。
「今日の放課後、私が病院へ行くのについてきてくれないかな。舞雪からは連れてくるなって言われてるんだけどね」
どうかな、と鈴音は弦真の目をしっかりと見て聞いてきた。
「行きます、行かせてください!」
弦真は間髪いれずにそういうと、鈴音は大きく頷いた。
「よし、決まりね。それじゃあ放課後ここで待っていてくれるかしら?」
お願いね、そう言い残して鈴音は音楽室を後にした。
弦真は一人、考えていた。
自分の中で、いつのまにか舞雪の存在が大きくなっていたこと。
それと、そんな舞雪を放って置けないと思っている自分がいること。
「だったら尚更、言って謝るしかないよな…」
弦真はそう呟くと、重い腰を持ち上げて、音楽室を出た。
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