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マグカップを持って戻ると、麻生はどこか寂しげな横顔をしていた。
「ドラマみてーにいけばいいのにな」
「若くて可愛い女の子が増えてほしいって?」
「じゃねェよ」
マグカップを受け取り、皮肉っぽく片頬笑む。
「臭くねえ。汚くねえ。危険じゃねえ。3Kと切り離されたフィクションの世界」
俗に監察医の仕事は臭い汚い危険の3Kと言われる。重労働のわりに見返りは少なく、年収は平均的なサラリーマンと同程度。
一日を終えて帰宅した麻生の背広からは消毒液と防腐剤の匂いがする。
監察医務院に運び込まれる死体の中にゃ死後数日や数ヶ月経ったものもざらで、とにかく匂いが酷えのだ。
シャワーで一日の疲れと消毒液の残り香を洗い流し、さっぱりした麻生からは石鹸の清潔な香りがするが、こっちも嫌いじゃない。
エンドロールが流れる頃、麻生があくびを噛み殺して呟く。
「出来はそこそこだな」
「俺が原作のドラマがツマンねーわけねーだろ」
「演技がオーバーで鼻に付いたけど」
「緩急が大事なの」
酷評を回避しこっそり胸をなでおろす。10分の約束を超過しちまった。なんだかんだ最後まで付き合ってくれるんだからイイ奴だ。
「実物から見て主役はどうだ?案外ハマってたろ」
「昼食いに行く時はさすがに白衣脱ぐぞ」
「こまけえな」
「医務院の食堂ならともかく外だろ?ありえない」
「小姑か」
「ちゃんと眼鏡かけてたのは評価する」
「そこだけは頼み込んだ、眼鏡オフしちまったら吾妻じゃねーもん。映像化にあたって眼鏡キャラが眼鏡じゃなくなる改変許せねー派だからさ、俺」
「他にこだわる点ありそーだけどな」
たまには馬鹿話をしながらソファーで寛ぐのも悪くない。
ただでさえ忙しい麻生とは生活時間がすれ違いがちなのだ。
「……カフェインで目が冴えちまった、責任とれよ」
コーヒーを飲み干して麻生がぼやく。
空のカップを回収し、シンクにおいた俺は、再び隣に腰かけて切り出す。
「胸によどんでるもの吐いたら楽になるぜ、センセ」
「は?」
「仕事の話。ごまかしてばっかだけど、ホントは何かあっただろ」
そっけないのも冷たいのも今に始まったことじゃねえが、隠し事してるのがわからねえほど俺は鈍感じゃねえ。
なんたって高校からの腐れ縁だ。
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