別のクラスのヤツ

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別のクラスのヤツ

 部活終わって、帰り、鹿尾先生に補習のスケジュール表をもらって、晴の住所を教えてもらってiPhoneで検索して、俺はキレた。橋のそばのタワーマンション。俺、このタワマンに住むはずだったって、お前に語ったよね?!そん時、お前、何も言わなかったじゃねえかよ!橋から学校まで、まんま俺と同じ通学路じゃねえか!俺は朝練あって朝早いから時間、いっしょになんなかっただけで、毎日、同じ道通ってたんじゃないかよ。試験前とか部活がない時は、俺とカチ合わないように早く出てたのか。試験前に俺ん家に来た時も学校まで送らせたから、反対側の方に家があるんだなあって思ってた、俺、勝手に。  イライラとムカムカを自転車(チャリ)のペダルに踏み込んで行く。夕方になってもすっげー暑くて、顔に当たる風が熱風(ねっぷう)だよ。渡り始める大きな橋の向こうにそびえ立つタワーマンション。そんなに俺に家知られたくなかったのかよ、晴。  え。  橋の真ん中くらいまで行ったところで、車道の向こう、反対側の歩道を歩いて来る白いひらひらに俺は気付いた。白いロングカーディガン、フードかぶってて下向いてて顔見えないけど、あれ、晴だ。俺はチャリを方向転換させて並走(へいそう)する。 「UVカットだよ~。絶対、必要だって!レディースとか関係ない!洗い替えも必要だから、2枚買え」  って高1の夏休みに俺のiPhone、いっしょに買いに行った時、俺が買わせたロングカーデだもの。てくてく歩いて学校に来る晴の白いお肌を紫外線から守るために!お金は晴の親のクレジットカード払いだけどな…。買わせた時はヤな顔してたけど、着てたらしく、体育の着替えの時、バッグにぐしゃぐしゃ入ってるのを見かけてしまったことがある。着たところをみたことはないので、朝は校門入る前に脱いで、帰りは校門出た後に着てると見た。言うと、着なくなっちゃうので言わないでおいた。晴の白いお肌を紫外線から守るために!  偶然、会っちゃうなんて、やっぱ俺たちソウルメイトじゃね?魂が呼び合ってる!それが前世、サルと犬の魂だったとしても!俺は、とろとろ歩いてる晴と並走を続ける。向こう側に渡る横断歩道は橋を渡り切らないとない。ムリに車道横切って、交通事故!なんてマンガみたいな悲劇もなあ。  まだ全然明るい夏の夕方を白いひらひらの長いロングカーデ着て歩く晴はユーレイみたいだ。橋を渡り切ると、川沿いの道へ晴は歩いて行く。うえええええええ。俺はチャリを加速させて、横断歩道まで行って、こーゆー時に限って赤信号なんだよな。そしてやけに待たされる。車道側の信号の黄色見て準備して、横断歩道の信号が青に変わった瞬間、スタートダッシュ。うっわ、もう。向こうから歩いて来る人が危なくて、いやいや、チャリ飛ばしてる俺が悪いんだけど!チャリ乗り捨てて走った方が速いかもだぞ。ふうふう戻って晴が歩いて行った川沿いの道まで行く。白いひらひらが先を歩いてる。よかった。見失わなかった。気付かれないように距離を保つためにペダルを踏む足をゆるめる。どこ行くんだろ。はああ、川から来る風がすずしい。あ、晴が道を曲がった。またチャリのペダルを踏み込み、ダッシュして曲がり角まで行く。あ、曲がり角のビル、八木医院って看板出てる。やっぱり具合悪くて病院行ってんのか。と思って角を曲がったら、その先のビルの中へ晴が入って行くのが見えた。何のビルだろ。  行くと、晴が入って行ったのはビルの入口じゃなく、地下へ下りて行く階段だった。狭くて、暗くて、急な階段だ。先が見えない。こういう地下にある店の、階段入る所に置かれてる、ほら、四角い、中に電気の入ってる看板とかは、ない。俺はチャリを降りてビルの前に停めてカギかけて、びくびくしつつ、下りて行く。木製のドアに埋め込まれた店名のプレート。  邯鄲  よ、読めねえ。店の名前の読み方はとりあえず置いといて、俺はドアを引いてみる。開かない。てへっ。押すのか。押しても開かない。カギ掛かってね?ここ、店だろ?店のカギ、晴、締めたのか?勝手にそんなことしていいのか?俺が(あと)つけてたこと、気付かれてた?俺は肩を落として大きなため息を吐き出す。息を大きく吸う。 「すいませ~ん!ドア、カギ締まってるんですけど~!開けてくださ~い!」  ドンドン!ドアを叩く。ドンドン! 「開けてくださ~い」  スカッと(こぶし)(くう)を叩いた。ドアが開いた。押すドアだったか。立っていたのは、背の高い男の人だった。俺よか高い。黒い髪をオールバックにして、顔もシュッとしててイケメン――イケオジって言うのか。そんな人が白いシャツにギャルソンエプロンを腰に締めたカフェな制服着てて、うちの母ちゃんと妹ちゃんがよだれをじゅるじゅる垂らしそ~というのが第一印象だった。 「お客様、大変申し訳ありませんが、当店はご会員の方のみにご利用いただいております」  すっげー(K)(カッケー)低音ボイスで言われた。…げー。会員制のお店なんてタワマンに引き続きセレブ坊ちゃん、一般庶民の俺に見せつけてくれんなあ!ちょっとイラつく。 「わかりました。すみませんでした」  俺は頭を下げ、回れ右して階段を上る。店の前で待ってよ。階段を上りきると、暗い所から出たせいで、ギラギラ太陽がまぶしすぎる。日陰を探そう…チャリを押して、周辺をうろうろした結果、ビルとビルの間が最適解だった。日陰で、晴が店から出て来ても見逃さない。チャリ入れて、スタンド立てて、荷台に縛ったバッグを取ってカゴに入れて、俺、荷台に座る。  あ。  さっきのイケオジな店員さんがやって来た。俺は荷台を立つ。やっぱ、こんな所、いちゃダメかな。 「イッセー尾形!」 「へっ?」  すっげー(K)(カッケー)低音ボイスでいきなり言われた。俺は自分の後ろを振り返る。こんなビルとビルの間にイッセー尾形、いないだろと思ったけど。やっぱ、いない。俺は向き直る。 「今の子は知らないですか。彼の一人芝居でビルとビルの間に入ってしまった男の話がありまして」 「はあ」  イッセー尾形、ドラマでしか見たことない。 「そこにいられると営業妨害と言わざるを得ないのですが」  店員さんに怒られた。 「すみません。お店に俺の、友だちが」  今、俺、自分で「友だち」って言うのを、躊躇(ちゅうちょ)した。俺の友だちだろ!晴は! 「いるんです。俺、そいつに、あっ、その人に、渡さなきゃいけない物があって……」  言いながら、お店に入れてくれないかなーって俺はプチ期待してる。 「私がお渡ししましょうか」  と来たか~!俺は首を、手を、横に振る。 「いいえ。直接、渡さなきゃいけないんです」  ふふふと店員さんが笑った。すげえ。カッコいい人が笑うと、ほんとドラマみてえ。 「別のクラスのヤツでストーカー」 「はいっ?――って、今のは返事したわけじゃなく!ちがいます!友だちです!今も友だち!ストーカーでもないです!」  あいつ、そんなこと言ってやがんのか!それも店員さんに! 「あいつに言って下さい。ちゃんと鹿尾先生に言われて来たんだって。ここまで来たのは、歩いてるのを見かけたからだって」 「声をかけずに後をつけて来たら、それってストーカーって言いません?」 「それはっ、声かけたら、逃げるから…」 「声をかけたら逃げられるような関係なんですか?」  どんどん俺がストーカー認定されてくな!断じて、ちげーから!! 「2年でクラス分かれて、俺、晴を怒らせること、言っちゃって…」 「どんな?」 「俺、晴に勉強教えてもらってて、そんなつもりはなかったんですけど、勉強教えてくれるから晴と仲良くしてたみたいな、誤解されるようなこと、俺、言っちゃって」 「うんうん。それで?それで?」 「晴を怒らしたのは俺なんで仕方ないって思ってて、でも、俺、晴と仲直りしたくて、」 「マスター、すみません」  晴の声がした。店員さんが身を(ひるがえ)す。動きまでが(K)(カッケー)。  ふあああっ!!!!!晴がカフェな制服を着ている!!!!!!!真っ白なパリッとアイロンがかかったシャツ。黒いギャルソンエプロン締めた腰、(ほっせ)え~~~~~!!!!!!!!うちの母ちゃんと妹ちゃんがひれ伏す!!!!!!!!!俺もいっしょにひれ伏します!!!!!!!!!!! 「ご迷惑をおかけしました」  晴が店員さん――マスターに頭を下げる。そうじゃないかとは思ったけど、やっぱりマスターかあああ。 「いいえ」  ふふって笑顔を俺に向けてマスターはビルとビルの間を出て行った。晴が代わりに入って来る。 「お前、ここでバイトしてんの?」 「何でこんな所にいるんだよ?」  質問に質問で答えるの無しだろ。と思いつつ、俺は答える。 「お前ん()の、近くで見かけて、それで、まあ、ここまで来た」 「俺の(いえ)?」 「鹿尾先生に聞いた。補習のスケジュール表、持って行けって言われて」  カゴに入れたバッグからごそごそ、スケジュール表の入ったクリアファイルを出して、差し出す。 「ありがとう」  晴はスケジュール表を受け取った。こんなに素直に受け取るなんて思わなかった。補習のスケジュール表を見ている晴に、俺は息を吸い込み、言った。 「お前、期末、テスト、全部白紙だったって聞いた。鹿尾先生から」 「――体調が悪かったんだ。頭真っ白になって。何にも書けなかった」 「今、体、だいじょうぶなのか?」 「ん。まあまあ」  俺は気付く。補習のスケジュール表見てるふりして、こいつ、俺のことを見ない。 「晴」 「届けてくれてありがとう」  心にもないお礼なんかを言う晴の手から俺はスケジュール表を取り上げた。こいつが素直に受け取った理由もわかった。だってそれで俺の役目は終わるから。もう俺が晴に会う理由はなくなる。 「もういいよ。スケジュール覚えたから」  晴は俺を見ないまま、あっ、背中を向けようとする。俺は手を伸ばし、肩を掴んで止める。手のひらに(じか)に晴の細い骨を感じて、ぐしゃあと握りつぶしたような感覚に俺は手を離して引っ込めた。晴がヤワな体してたって、そんな肩つかんだだけで骨、握りつぶしたりしねえよ。ただ俺が、そう感じただけ。晴だって「痛い」も何も言ってない。でも。俺は晴の顔を覗き込む。晴は下を向いたまま、そっぽを向く。俺は聞く。 「ごめん。痛かった?」  晴は何も答えない。俺は、そっぽ向かれてるのがツラくて、晴の顔を覗き込むのをやめて、背を伸ばす。 「補習、ちゃんと来いよ」 「ああ」 「俺、迎えに行くから」 「来なくていい」 「『来なくていい』って言われても迎えに行く」  どうして俺、こんなに悲しいんだろう。枝野に言われた通りだ。同じクラスで仲良くたって、クラスが別になれば、離れちゃうのは当たり前で。俺ばっかりしつこくしてる。晴は俺が迷惑なんだ。わかってる。わかってるのに、 「体調が悪かったなんてウソだよ」  晴が言った。仮病だったら晴の胸倉掴んで「何やってんだよ?」って言ってやるって思ってたのに、俺は、ただ悲しかった。 「どうしてテスト、白紙なんかで出したんだよ?」 「バカバカしくなったんだよ。こんなレベルの低い高校で一番取ったって意味ない」 「意味なんかなくない。レベル低くたって一番は一番だよ。それに白紙で全部0点じゃ留年(ダブリ)んなっちゃうだろ」 「どうでもいいよ」 「お前、」  高校、辞める気じゃないだろうな?そう思ったけど、言えなかった。「そうだよ」って言われたら、俺、泣く。確実に泣く。だから他のことを言おうとして――思いつかなかった。本当に自分の頭がバカなのが、心底、イヤになる。晴に言うこと、俺、何にも思いつかない。 「俺の夢を聞いてくれる?」 「うんっ!」  いきなり何を言い出すんだ?と思ったけど、それより晴が自分の夢を話してくれるのがうれしかった。 「俺、東大に行けって親に言われてるんだ。俺の父親、財務省にいて、東大卒じゃないから出世できなくて、だから子どもに東大に行けって言ってるんだ」  俺はがんばって黙って聞いていた。それってお前の夢じゃないよね?お前の親父さんの夢だよね?って言いたかったけど、黙ってた。晴が「ほんっとくっだらねえよな」って吐き捨てて、本当の自分の夢を話してくれるのを俺は待った。 「俺は東大を受験して落ち続けるんだ。俺は死ぬまで一生、浪人生として生きるんだ」 「受かる努力はしないの?晴」 「しない」  晴の断言に俺はブチギレた。 「それで進路ノートの『自分の夢』、白紙かよ」  自分でもビックリするくらい冷たい声が出た。 「そんなの自分で変えれる未来だろ。晴ならできるよ。東大受かるために勉強しろよ。親に言われて東大受けんのヤなら、別の大学受けろよ。選択肢なんかいっぱいあるだろ。どうしてそれ、お前、晴、全部、自分の手で捨てちゃうの?そんで、いちばんつまんねえ夢を選ぶの?」  晴は笑った。今まで聞いたことがない、冷たい笑い声だった。 「マジウケる。『未来は自分で変えられる』?じゃあ、お前、自分の未来変えて見せろよ。試験で1位とってみせろよ。バスケで全国優勝してみせろよ。アタマ悪いヤツが、毎日練習しても一回戦も勝てねえヤツが、よく言うよ」 「試験で1位とれなくたって、一生懸命勉強して、ちょこっとでも順位上げられたら、俺的には勝ちなんだよ。部活だって勝てないから一生懸命練習すんだよ、勝つために」  いきなり晴が俺の胸倉を両手で掴んで引き寄せて、ちっちぇアタマを突き出した。ああ?やんのか?俺は頭突きを迎え打~つ!てめーのちっちぇアタマなんか俺の石頭でカチ割ったる!!  俺の口に晴の口が当たった。  ――は?見ると、晴は自分の口をゴシゴシ手の甲でこすってる。  うおおおおおお!まさかの事故キス!!晴は回れ右して猛ダッシュで逃げて行く。 「ちょちょちょちょちょっ」  俺は慌てて追ってビルとビルの間から飛び出す。けど、立ち止まる。声の限りに叫ぶ。 「晴!!俺、追わないから!!走んないで!!階段、危ないから!!」  あんな狭くて暗くて急な階段、駆け下りてコケたら大事故だよ。晴のキレイな顔に傷でも付いたら!――…………しばらく待ってから、おそるおそる、地下へと続く階段を覗き込む。晴が階段踏み外して倒れている!ということはなかった。俺はゆっくり、とんとん、下りて行く。ドアを押す。カギが掛かっている。お前、ここでバイトしてて、自ら営業妨害してんじゃねえか。 「晴。俺、帰るから。お店の営業妨害すんなよ。補習、ちゃんと来いよ」  俺は、ちょっと考える。 「俺、迎えに行かないから。ちゃんと補習来いよ」  ちゃんと晴が補習に来れば、学校で会える。えっと、あと、言わなきゃなんないこと…… 「あと、あの、今のは、事故ってヤツで、気にすんなよ。ケッコーよくあることだから!体育会系とかは、あるあるある、めっちゃある事故だから!気にすんなよ」  まさか今の晴のファーストキスか?うおう。俺は自分の唇に指で触れる。その手を下ろす。いやいやいやいやいや。事故キスはノーカウント(ノーカン)だから!俺は初めてのちゅーじゃないからっ。余裕だぜ。 「は~る~、気にすんなよ~」  ドアが開いてマスターさんが出て来ないかなあと思ったけど、出て来ない。俺はiPhoneを出して、『邯鄲』のドアプレートをカメラに撮ると――後で検索して、読み方、調べよ。  俺は階段を上がる。やっぱファーストキスなのかな?悪いことしちゃったな…………  俺は悪くないだろ!あいつが俺に頭突きしようとしたのが悪いんだ。そーだ。これは神の天罰だ。ざまあみろ。階段を上り切って、ギラギラ太陽をにらむ。俺は振り返る。でも、晴が泣いてないかな?って少しだけ、ほんの少しだけ、ほんのちょっぴり、心配だった。
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