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バイトの先輩
次の日、日曜日。
「おはようございます!晴先輩」
「俺、『昨日のヤツが店に来たら、警察呼んで下さい』と言いましたよね?」
晴先輩、後輩の元気なあいさつを完無視でマスターに言った。カウンターの向こう、流しでカップとかお皿とか洗ってるマスターは(フツー皿洗いなんて、それこそ俺みたいな下っ端がやることだろって思うけど、すんげー高価い古いアンティークのカップとお皿だそうで、邯鄲で皿洗いを任されるのはカースト上位なんだそうだ。そんなカップを割りまくって死屍累々って、晴、だいじょうぶなのか?!)手を止めて、晴の方に向く。
「『昨日のヤツ』って言われても、誰のことか、わかんなかった~」
晴が何か言おうとするより早くマスターが新入りを紹介した。
「昨日、私がスカウトした想太くん。晴くん、先輩なんだから、いろいろ教えてあげてね。って、あんたが想太くんに教えることなんか何もないわ!」
カウンター周りにいる店員一同、笑う。みんな、何か、今の笑い方、冷たかった!晴?!嫌われてんの?!
「俺、辞めます」
「あなたに長い命を終わらせられたコーヒーカップとソーサーとお皿の弁償が済んだら、いつでもどうぞ」
俺は大爆笑する。晴が黙らされてるううう。マスター、Lv高すぎる!
晴は、マスターが言ってたのは冗談じゃね?と思うほど、ちゃんとコーヒーを運べてた。でも、マスターが言ってたのは真実で、負けずギライの晴ががんばってできるようになったんだと思う。トレーの上のソーサーに載せたコーヒーカップをコーヒーをこぼさずにテーブルまで運ぶなんて、おままごとやる幼児でさえできる、がんばってできるようになることでもないが。そんなドジっ子晴ちゃんはめっちゃ売れっ子だった。
邯鄲の課金システムってフツーにコーヒー(お値段1.500円から。130円の缶コーヒーと同じ黒い飲み物じゃねえのか?!)頼むと、ランダムに店員さんが運んで来て、その店員さんと15分、お話しできる。チェンジは無し。コーヒーに指名料5.000円を上乗せすると、指名した店員さんと30分、お話しできる。で、ここからがゲスいんだが、自分が指名したい店員さんが他のテーブルで指名中の場合、指名料5.000円で予約して、その30分が終わるまで待つということもできるけど、相手が売れっ子ちゃんだと、30分30分30分30分30分30分……って予約が積み重なって、ディズニーランドの待ち時間どころじゃねえ、お話しできるのは何日後?!みたいなことになっちゃうから、ぶん捕りシステムがあって、5.000円出して、指名中の店員を自分のテーブルに呼んで10分、話せる。5.000円出せば10分、ぶん捕り返すこともできる。5.000円で、ぶん捕って、ぶん捕られて、店内には五千円札が飛び交う、ということはなく、お支払いはクレジットカードONLY。
そんなわけで売れっ子・晴様は10分単位で、あっちこっちのテーブルを行ったり来たりしてて、俺様は晴の時間係やってました。話してる晴がいるテーブルにテーブル番号の書かれたコースター持ってって渡して、それ受け取って晴は次のテーブルへ行く。テーブルからテーブルへ歩いて行く時も、お客様の視線を浴びまくってて、すんげー。
俺は最初、晴のぶん捕り回数を数えてたけど、切れ目なく10分単位でぶん捕られていくのを見て、これ、1時間に3万円で、1時から5時まで4時間働いて、12万円+コーヒー代、もしくは+ランチセット2.500円(ビーフシチュー+本日のコーヒー+ライスかパンか本日のケーキ)、稼いでんのかよ、ひょ~え~!!!!!!!!!!!!という計算結果に。指名料から何割、もらってんだろ。そんで5月から働いてるんだろ?週何日、働いてんの?そんでもカップとソーサーと皿の弁償代に足んねえの?!時給千円で、昨日3時間働いて、3千円、バイト代もらって、きゃああああ!と思ってた1月のおこづかい5千円の俺とは異次元のレベルにヤツはいる。
3時から晴先輩は30分休憩で、休憩室で、まかないのビーフシチューとコーヒーとシフォンケーキ。俺はコーヒーをオレンジジュースにチェンジで、ショートケーキ。俺は晴が置いたビーフシチューとかの横に補習のスケジュール表が入ったクリアファイルを置くと、テーブルの晴の向かいのイスに座った。
「マスターに5千円払った」
10時から3時まで時給千円×5時間の今日の俺の稼ぎ全額だぜ。
「『勝つために毎日、部活、練習する』んじゃねえのかよ」
下を向いて晴がビーフシチューを食べながら言う。
「それな。夏休みは日曜日は部活、基本的に休みなんだよ。先生の働き方革命的な?」
ほんとは「日曜日は自主練習」で、ほとんどの部活はやってるんだけど。男子バスケ部がゆるいのは、認める。
「働き方革命じゃなく、改革だよ。――帰れ。もうここに来るな」
5千円払って、いきなしそれかよ~。俺はショートケーキの最初の一口をガマンして、答える。
「今日は帰るけど。10時から3時までって約束だから。明日からはちゃんと部活出る。でも日曜日はバイトする。マスターもいいって言ってくれた」
「この店はフツーのカフェじゃねえんだよ」
「うん。知ってる」
晴がぎょぎょぎょっと俺を見た。
「マスターに聞いたのか?」
「ううん。『邯鄲』って名前の読み方検索したら、出て来た」
「じゃあ、何で、知ってるなら何で、バイトしたんだよ?」
「晴が、どんなバイトしてるのか知りたかったから」
「ヤバイことさせられると思わなかったのかよ?」
「マスターにコーヒーをちゃんと運べるかは聞かれた」
晴が黙り込み、下を向いて、ビーフシチューを食べる。ここで晴ちゃんのドジっ子っぷりを話題にすると、キレるからな~。俺はフォークで切り分けて、ショートケーキを一口、食べる。美味。生クリームふわっふわ、カステラふわっふわ、いちご甘々。やっぱ、カステラの間に、はさまってるのは、いちごであって欲しい!黄桃ではなく!(今宮家では黄桃ではなく、「きいもも」と呼ぶ)
「晴、シフォンケーキ、一口ちょーだい」
「ちょーだい」の「だ」で俺は手を伸ばして、「い」で晴のシフォンケーキを一口分、フォークで切り分けて、もらう。ぬおおおお。空気食ってるみたいに、ふわっと口の中に入れた瞬間、溶けてなくなって、甘さだけが舌に残る。他のケーキも食べるの、楽しみだなあ。って全制覇するつもりだ、俺。
「店の奥に階段があるの、わかるか」
晴が言った。
「うん」
「上に部屋があって、そこでセックスしてるんだよ」
「!」
何人か、お客様と店員がいっしょに上がってくの見たあああ。個室とかVIP席的なのがあると思ってた。あれはそういうことだったのか!!!!!!!真っ昼間から!俺は天井を見上げてしまう。今も、この頭の上で男と男がアンアンしているのかあああああ
「ここはそういう店だ」
俺は下を向き、晴を見れなかった。――晴、売春してるの?――俺が一番、晴に聞きたいこと。聞かなきゃいけないこと。聞きたくないこと。俺はショートケーキを食べる。
「そういう店で俺は働いてるんだ。それがどういうことか、ハッキリ言わなきゃ、お前、わからないか?」
俺は顔を上げる。晴とちゃんと向かい合って聞かなきゃダメだと思った。けど、晴は下を向いていた。
「俺はゲイだ」
バカだな、俺。自分がバカなことはすんげーよーっくわかってるけど、それでも、つくづく俺ってバカだと思った。これは学校の勉強みたく答えがわかって「終わり」って問題じゃない。答えを知って、そこから考えなきゃいけない問題なんだ。俺は晴に言う。
「俺、バカだけど。晴。俺、考えるから」
「考えなくていいよ。まともな答えが返って来ると思えない」
「それはっ、そうだけど!俺、答え、めっちゃ考えるからっ」
「お前が答えを出せるわけがない」
「そんなのやってみなきゃわかんないだろっ」
「やってみなくてもわかるって」
「最初からあきらめんの、よくないよ」
「最初から結果がわかりきってることをわざわざやる必要はない」
「お前、逆上がりできないだろ」
晴が顔を上げた。真っ赤っかな怒った顔。
「俺たちは何の話をしてんだよっ?!」
「『自分は逆上がりできない』って決めつけて、努力しないんだろって話」
「逆上がりの話なんかしてねえよ!」
「できないんだろ?」
「俺はピアノを弾いてて、体育の時間は見学だったから、やったことがないというだけで、できないということではない」
「それ、自転車の時も言ったよね…」
こうやって二人で言い合いながら食べてると、いつものお昼休みみたいだ。晴はビーフシチューとシフォンケーキを食べてコーヒーを飲む。俺はショートケーキを食べて、最後のいちごと一切れをフォークですくって口の中に入れ、いちごを奥歯で押しつぶして、じゅわーっとあふれるのを味わいつつ、生クリームとカステラを混ぜ合わせる~~~それが口の中からなくなっちゃうと、オレンジジュースを飲む。
「お前、ケーキにジュースって、味がおかしくならない?」
「オレンジジュースも美味しいよ。しぼりたて100%」
「ケーキにジュースが合うかって問題より、お前と俺の話が合わねえな!」
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