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神様のサギ
見たら、俺のイスの背もたれに蹴りを入れてる足はズボンはいてる。女子ならスカートでパンチラだよ!けど、この高校、女子もズボン選べて、男子も女子もネクタイでブレザーで、実はお兄ちゃんが突然失踪して身代わりで入学したとか、登校途中にぶつかった自分とうり二つの男の子の身代わりで入学したとか……――俺はこの子が女子ではないという事実を受け入れられない。こんなにキレイな男?!
「ほらほら、入学式前からケンカしない。ウガ、足、下ろしなさい」
担任の先生に言われる。入学式前から初・怒られた。俺は前を向き、先生に謝る。
「すみません」
後ろでダンッて大きな音がして俺はびくってなる。そんな音立てて足下ろさなくても。トーゼン後ろのウガは先生に謝ったりしない。ヤンキーなのかなあ。すごいキレイなのに。でも、怒らしたのは俺だから、振り返り、謝る。
「ごめん、なさい」
真っ赤な唇で、ふっと笑う。
「先生に怒られたら謝るのかよ?」
「んだよ、その言い方!」
エダノが声を上げてウガの後ろから肩を掴む。俺は瞬間、イスを立って手を伸ばし、エダノの腕を掴んでた。ウガの肩から手を離させる。だって、見るからに細い肩がこわれちゃいそうだから。俺はウガに言う。
「ちがうよ、先生に怒られたからとかじゃなくて。ウガくんを怒らせたのは俺だから。だから謝る。ごめんなさい」
「今宮、ウガ、エダノ、入学式に出たいか~?」
先生が言った、冗談ぽく「アメリカに行きたいか~?」の口調で。ウガがイスを立った。背もたれに置いてたバッグを掴むと、俺がエダノの腕を掴んでる下をくぐって俺の横を通り過ぎ、先生の横も通り過ぎ、――マジで入学式、出ないつもりかよ?!ちょっと待て。俺はエダノの腕を離して、歩いて行ってしまうウガの後を追う。もーう、他のクラスは担任に名前呼ばれて、どんどん着席してんのに~。ずんずんウガは歩いて行ってしまう、体育館の出口に向かって。俺は駆け出してウガの前に立った。
あれ?前に立ちはだかって、気付く。こいつ、ちっちゃ!やっぱり女の子なんじゃね?いやいや、現実を認めろ、俺!こいつはただのちびっ子ヤンキーだということを。
「待ってよ、ウガ」
俺を見上げて、にらむ。う、わ。すげえ。ぞわあああって鳥肌が立った。キレイだった。ウガの瞳に日の光が入って黒目が真紅に見える。現実世界転生して来たフェアリ~かよ?!俺はアタマが真っ白になって言う言葉が見付からない。ただウガを見つめてた。
「ウガ、今宮、戻りなさい。いきなし入学式前から俺が職員会議でつるし上げられるようなことしないでよ、もー」
やってきた担任の先生は、にこにこ笑顔だけど、有無を言わせず俺とウガの腕を掴んで引っ張って行く。俺はウガを見る。細い腕、折れてないか?!ぷぷぷっ。俺は笑ってしまう。必死に抵抗してるけど、踏ん張ってる足が体育館に敷かれた緑色のシートをシワシワにしつつ、引きずられてる。そっか。最初から実力行使すればよかったんだ。こいつの細さならお姫様抱っこもいけるだろ。そっか。ちっちゃくてイキがってるヤンキーっているよな。んで、ケンカ弱いのな。そういう子なのかな。あはは。「こっ、こんなキレイな顔を殴れねえ!」とか言われて、逆に最強ヤンキーとして君臨してたとか。
戻ると、エダノが担任の代わりに名簿見て名前呼んでた。とんだ、とばっちり。先生は俺らの腕を離すと、ぱんぱんっと両手を叩いた。
「はーい。並び直し~」
クラス全員、先生を見る。一番、ええええ?って顔してるのはエダノ。気持ちはよくわかる。
「先生、言ったね~?名前を呼ばれた順に右・左・右・左・右・左って並ぶようにって」
…言ったっけ?俺、限りなく一番に呼ばれる可能性高いから、自分の名前を呼ばれる瞬間だけに集中してた。
「そ~んでも何でか、お前ら、男子・女子で列、作っちゃうのな」
イスに座ってる全員、きょろきょろする。
「うちの学校は名簿も列も男女混合だから、そこんとこよろしく。――ごめんな、エダノ。せっかくやってくれたのに、俺の説明が悪くて」
「いえ」
エダノから先生は名簿を受け取る。
「は~い。座った人も一度立って~、後ろ下がる~」
イス座ってた全員が立ち上がり、後ろへ下がる。でも、俺らはここいていいかな?どうせすぐ呼ばれるから。先生が俺らを見る。
「とゆーわけで、ウガ、お前は今宮の隣にお座り」
ふえええええええええ……
かなり俺はびくびくしたけど、入学式の最中、ウガはあんな騒ぎがウソみたいに俺の隣で静かだった。俺が怒らしちゃっただけかあ…ってヘコむ。入学式が終わると、出席番号順に並んで教室に移動して、後ろを歩くウガにかかとを蹴られる、上ばきのかかとを踏まれるということもなかった。出席番号順に席に着く。俺、窓際一列目の一番目の席。その後ろには出席番号2番のウガハル。隣の次は後ろですか~。全員が席に着くと、教壇に立つ担任の先生が言った。
「今から十分、休憩にします。トイレは廊下の奥な。あんまり遠くに行って迷子にならないように」
休憩って言われても、バラバラ何人かがトイレに行っただけで、教室はしんとしてる。まあ、仕方ないよな。ゼンゼン知り合い、いないわけで。
「今宮、ウガ」
う。先生にセットで呼ばれて手招きされる。初・呼び出し。仕方ねえかあ…
「お前ら、ちょっと手伝って。職員室に配布物取りに行くの」
「はい」
俺は返事して立ち上がる。後ろのウガは?返事はしなかったけど、立ち上がる。ここ、ヤンキーなら先生、ガン無視だよな。やっぱあれは俺が怒らしちゃっただけなのかなあ?担任の後ろに付いてウガと俺は教室を出る。なんとな~く俺は下がってウガの後ろを歩く。ちっちぇ背中。ほんと女にまちがうって!もうすっかり嫌われてんだろうなあ、俺。トーゼンだけど。階段上って上って上って三階、廊下歩いて一番奥が職員室。ドアを開ける先生の後に付いて職員室に入る時、ウガ、おじぎもしない何にも言わない。俺は
「失礼します」
って、おじぎして言って入る。ドアもちゃんと閉めるよ、俺は!
「これ、運んでね。よろしく」
先生に指差す机の上には緑色の厚い本が一山、その三分の一の高さで一山、表紙にイラストが描かれた薄い本があった。って俺が見てるうちにウガが緑色の厚い方を取った!お前、負けずギライなの~?俺がまるでここにいないかのように完無視で職員室の出口へ歩いて行く。俺は薄い方を持って、ウガを追う。職員室を走るわけにはいかないので、速歩きで。
「ウガ」
ほら、お前、重い本で両手ふさがって、ドア開けらんないじゃないか。
「俺、ドア開けるよ」
ウガは俺のこと完無視で、本持ってる手、引っ掛けてドア開けようとしてる???どんだけ負けずギライなの~?俺は言う。
「そっち半分持つよ。俺の方、軽いから」
やっぱ完無視。めんどくせえええ、こいつ。
「じゃ、ドア開ける時だけ。一瞬持つ」
「お願い、お前ら、職員室でもおっ始(ぱじ)めて、今日の職員会議のつるし上げ議題を増やさないで」
先生が俺とウガの横から手を伸ばしてドアを開けてくれる。ウガは「ありがとうございます」も「失礼しました」も言わないで職員室を出て行ったよ。俺は先生に頭下げて言う。
「ありがとうございます」
それから職員室の中の方に向いて、うおう、先生たちみんな、こっち見てる~、おじぎして、
「失礼しました」
職員室を出る。先生が職員室を出てドアを閉めてくれる。俺は先生にもう一度「ありがとうございます」を言ってから、先に行っちゃってるウガに速歩きで追いつく。と、ウガが明らかに足を速めた!どんだけ負けずギライなんだよ、お前!俺は歩くのを遅くした。わかったわかった。お前の隣なんか歩かねえよ。後ろをおとなしく歩いてやんよ。ぷっと俺の後ろで吹く音が聞こえた。俺は後ろの先生を振り返る。先生、ダメ!ウガを刺激しないで。触れたら吹き飛ぶ爆弾なんだから。ちっちゃくても高性能・高殺傷だよっ!と目で訴える。っと、後ろ向いて歩いてたら何かに当たった。向き直ると、
「んだよ?」
ウガが振り返り、俺を見上げてにらむ。ぞわっとする。キレイだ。ウガは汚い物を見ちゃったみたいにすぐに目をそらし、向き直ると歩き出す。どうせ俺はお前にとってゴミですよクズですよ、それ以下ですよ。ウガが突然立ち止まり、細い肩が揺れる。厚い本の山を持ち直してる。ちょっと待て。今、当たったのって、お前が本を持ち直すために立ち止まったせいでは?そして本を持ち直しているということは、
「お前、」
重いんだろ。って言葉は飲み込み、
「やっぱ俺、半分持つよ。こっち、軽っ軽だから」
ウガは完無視で歩いて行く。俺は速歩きでウガに追いつく。
「持つって」
「やさしいふりすんのも大変だな」
「お前ね、それ言ったら、イキがんのも大変だな、だよ」
「お前ら前世がサルだったの?イヌだったの?」
先生が俺らの後ろからツッコむ。俺はウガが持ってる厚くて重い本の上に自分が持ってる薄くて軽っ軽の本をのっける。
「ちょっとお前」
うろたえる顔もキレイだ。ウガの手から俺の持ってた薄くて軽っ軽の本+ウガの持ってた厚くて重い本の半分を持ち上げる。言い合いするより実力行使あるのみと俺は悟った。俺は駆け出す。ウガの足音が追い駆けて来る。
「こ~ら~!先生の前を走るなああああ!」
叫びながら先生が走って俺たちを追い抜いて行った。先生が走ってんじゃないですか~~~!俺たちは走りながら大ウケする。んだよ、ウガ。ちゃんと笑えるじゃねえか。めっちゃ笑顔がか~わ~い~い~。
こいつが女じゃないのはサギだ、神様の。
俺が見つめちゃってるのに気付いてウガは赤い唇をぎゅっと閉じ合わせた。あ~あ。ぴたっと立ち止まると、今までのこと、全部全部なかったみたいな無表情で歩いて行く。俺は余計な刺激を与えないようにおとなしく後ろを歩く。廊下を歩いて階段を三階から下りて下りて下りて一階、廊下を歩いて、1年3組。ドアは開いてて、問題なくウガは教室に入り、俺も続く。俺は片手でこれっくらい持てますから、もう片方の手でドアをちゃんと閉めます。先に着いてる先生は教卓に両手をついて、はあはあ息切れしてて、クラス全員が不審な顔で見ている。そりゃ廊下走って行ったからな。ウガは無言で教卓に緑の本の半分を置いて窓際二番目の自分の席にさっさと戻る。俺は緑の本の残り半分と薄くて軽っ軽の本をウガの半分の上に置いて、薄くて軽っ軽の本だけで置き直す。
「ウガも、今宮も、ありがとう…」
息も絶え絶えな先生に俺はちょっと頭下げて、窓際一番目の席に座る。………刺激を与えちゃいけないのはわかってんだけど、さすがに後ろを振り返って聞く。
「ウガ、席替わる?」
「お前の座高の高さは気にならない」
「座高と来たか!」
ウガの即答に俺は爆笑する。こいつおもしろい。でも黒板見えなくない?あ、でも窓際の席からだと正面に黒板見るわけじゃないからだいじょうぶか。
ふーっと深く先生が息をつくのが聞こえた。先生、だいじょうぶですか。って思って見たら、バッチリ目が合った。
「速攻で席替えしたい気分ですが、特にそこの二人」
俺らに向かって言う。もう先生に目、付けられちゃったよ、入学初日に。
「一学期は顔と名前を一致させるためにこの席だからね。前後左右、仲良くするように」
先生は黒板に向かうと、チョークで書く。
鹿尾忠臣
「先生はシカオ・タダオミと言います。鹿の尾っぽに忠臣蔵の忠臣。主権在民のこの時代に誰に仕えて忠臣なんだって話だが。担当は社会科です。一年間どうぞよろしくな」
教卓に手をつき、おじぎをして顔を上げる。
「さて、次はお前らの番。名前と漢字の説明と、そうだな、好きな食べ物、言ってもらおうか」
「え~」ってベタな女子の声がバラバラ上がる。俺は深呼吸して準備する。鹿尾先生が言う。
「俺の好きな食べ物はスイカ。独り身だと丸一個買えなくてなあ。カットスイカしか食えないのが悲しいぜ。――じゃあ、出席番号1番の宿命だ。今宮」
「はい」
俺は席を立ち、回れ右してみんなの方に向く。
「今宮想太です。今!の今に、神宮の宮に難しい漢字の方の想うに、太いです。好きな食べ物はハンバーグです」
「ベタだな」
先生のツッコミと、みんなのちょいウケ。俺は苦笑する。好きな物は好きだもん。
「よろしくお願いします」
おじぎして、イスに横座りで着席。前向いて座ると、みんなの自己紹介、見らんないから。ふーっ。ウガが立ち上がる。やっぱちっちゃい。
「ウガハルです。宇宙の宇に年賀状の賀、晴れの晴です。好きな食べ物は、特にありません」
着席。好きな物がないって。内心ツッコミ入れる。こーゆーヤツに限って実はファンシーな食べ物が好物だったりすんだよな。ショートケーキとかパフェとか。宇賀晴、か。名前までキレイだな。晴。晴れの日に生まれたのかな。
「エガワサエです。江戸川の江と川、二水に牙です。好きな食べ物は、ファミチキ!」
笑いと拍手が起こる。俺も笑う。宇賀は笑ってない。ローソンのからあげクン派か?!
「エダノカツキです。政治家の枝野と血縁関係はありません」
枝野の自己紹介。有名人に同姓同名がいると説明も楽で覚えてもらいやすくていいよな。って思ってたら
「カツは、説明しづれえなあ。キも」
枝野は困ってる。中二ん時に同じクラスだったって言ってたよな。ワックスでツンツン立てた髪は高校デビューとして、丸顔のメガネくん…覚えてないなあ…
「名前の説明は省略。好きな食べ物はショートケーキです。いちごは最後にとっておく派です」
笑いが起こる。いたよ、ファンシーな好物。俺も最後にとっておく派!カドから食べて、最後の一切れといっしょに食べる。イスに横座りしてると、目の端に宇賀が見える。ヤツは前を向いて座ってて、ちがう、窓の外を見てる。クラスメイトの自己紹介なんてキョーミないってか、ちびっ子ヤンキー。何見てんだろ。俺は窓にもたれて、横目で外を見る。校庭、だれもいない。空、青い。雲、白い。何見てんの?何にも見てないのか。開いてるだけで何にも見てない瞳。ヤバイヤバイ。ちびっ子ヤンキーにつられて、外見てる場合じゃない。みんなの自己紹介を聞け、俺。教室に目を戻し、窓から離れて背筋を伸ばす。
自己紹介が終わると、俺と宇賀が半分ずつ持って来た(ここ強く強調)緑色の厚い本を先生が席のそれぞれの列の先頭に配る。俺は自分の分を取って、後ろの宇賀の机に置く。宇賀は無言で自分の分を取って後ろに回す。俺は向き直って表紙を見る。金色の文字で印刷された「進路ノート」うわ。職員室では宇賀がさっさと持っちゃって、宇賀から半分取り上げた時も上に薄くて軽っ軽の本をのっけてたからタイトルに気付いてなかった。「進路」って言葉自体が苦手。さらに、こんなに厚いなんて。
「うおーい、みんなもらったかあ?」
教室を見渡す先生に俺はうなずく。
「では、まず表紙に氏名を書いて下さい。それからクラス。1年の欄に書いて下さい。いきなり2年や3年に進級しないように。この進路ノートは高校の三年間使います」
表紙の下の方、名前を書くところの下に1年2年3年のクラスを書く行が三段あって、三年間使うから厚いのか。絶対、途中でなくすヤツいそう。
「それからノートを引っくり返して」
ちょっと待って。ちょっと待って。まだ名前もクラスも書いてないのに。机の横に掛けたバッグからペンケースを出す。
「裏表紙を開く」
右手でペンケースを机に置きながら、左手で進路ノートを引っくり返して裏表紙を開く。え、裏から開くっておかしくない?どわっは。開いたら裏表紙の裏に「自分の夢」だって。ベタすぎて恥ずかし~。
「今日はそのページに自分の夢を書いて下さい」
教室中がガヤガヤして、先生は声を大きくする。
「入学式だからって筆記用具持ってないヤツは周りが貸してあげて。で、書いたヤツから提出して、今日は帰ってよし。明日は新入生歓迎会という名の部活紹介で午前中で終わりです」
先生は教卓に置いた俺が運んで来た(ここ強く強調)軽っ軽の薄薄の本をぽんぽんとする。
「これはそん時のプログラムな。部活紹介が載ってます。明日配ります。新入生歓迎会は午前中で終わりだけど、午後、部活見学できるから、いろんな部活が演し物用意してんで、お昼ごはん持って来て、午後、回って見るのもおススメです」
俺、部活はバスケ一択。お弁当持って来て、見学しに行こ。
「先生~。これどうして裏表紙なんですか?フツー一番最初に書くんじゃないですか?」
だれかが言った。そう言われてみればそうだな。先生は、ふふふと笑う。
「そうだよな。フツーそう思うよな」
俺はうなずく。教室はしんとして先生の答えを待った。
「俺もここに来た時、そう思った。で、先輩先生に聞いたらな、前のページから進路の記録を書いて行くわけだ。1年、2年、3年、その記録が最後のページの自分の夢につながっていくわけだよ」
それって胸熱じゃないですか~。俺はペンケースからマジックを出す。三年間使うんだから消えない方がいいよな。後ろの宇賀を振り返る。バッグ持ってたからペンは持ってると思うけど…ちびっ子ヤンキー――ボールペン持ってやがった。もう裏表紙を閉じるとこだった。え~、もう書いちゃったの?「自分の夢」。待って待って。俺は向き直り、進路ノートを引っくり返して、表紙に名前・今宮想太。クラス・3。また引っくり返して、裏表紙を開き、ページの真ん中ごしごしして大きく開いて、
後ろで席を立つ音が聞こえる。席を立つ音は遠かった。宇賀じゃない。俺は「自分の夢」をマジックで大きく書く。
体育の先生。
裏表紙を開いたまま、マジックが乾くのを待つ。左手で裏表紙押さえて、右手でマジックをしまったペンケースをバッグにしまう。みんな次々に席を立って、先生に提出して教室を出て行く。宇賀、もう書き終わってんのにどうして帰んないんだろ。宇賀の夢って何だろ。こいつ「ノー・フューチャー」とか書いてんじゃねえだろうな?ぶぶぶ。カッコつけて英語で書こうとしてスペルまちがってたらマジウケる。まちがってるかどうか俺、判断つかないけど。うう。気になる。見せ合いっこなんてしてくんねえよなあ、こいつ。マジックが乾いたか、指でさわってみて、よし、だいじょうぶ。裏表紙を閉じる。俺が席を立とうとした時に後ろで宇賀が立つ音がした。俺は浮かせたお尻をイスに下ろす。べべべ別にいっしょに帰ろうってわけじゃないんだからねッ!と心の中でツンデレて、だって俺も今、帰ろうとしたんだもん。何か後ろでモタモタしてた宇賀が悪いんだもん。宇賀が俺の席の横を通り過ぎるのを待って、進路ノートとバッグを持って席を立つ。宇賀のちっちゃい頭がかすかに揺れて、後を付いてってるわけじゃないんだからねッ!行く方向が同じだけッ!な俺に気付いたみたいだったけど、俺の存在完無視で先を歩いて行く。
結果的にいっしょに進路ノートを出しに来ちゃったような俺らに先生が何か言いかけて、やめた。おお、先生も宇賀のトリセツがわかって来ましたね。何か言ったら倍返しどころか、百万無量大数倍返しだから。宇賀の頭上から先生に向かって親指立ててウインクしたいとこだけど、やめとく。先生が差し出す両手に宇賀は無言で進路ノートを提出する。
「さようなら。また明日な。宇賀」
やっぱこいつ、あいさつしないよ。ちょっと頭下げるようなことすらしない。宇賀は教室を出て行く。俺は先生に進路ノートを手渡す。俺はちゃんとおじぎまでしてあいさつする。
「さようなら」
「さようなら。――まあ、初日からいろいろやらかしてくれたけど、」
「すみませんでした!」
謝罪のおじぎをもうひとつして先生の説教から逃げ出す。早く行かないと宇賀が帰っちゃう。
「おいおいおい!今日の決着つけに行くんじゃねえだろうなあ、お前ら!」
「ちがいます~!」
言い返して教室から廊下に出た俺は絶望する。他の教室からもどんどん人が出て来て、めちゃめちゃ人がいた。めちゃめちゃ人がいるのに、しんとしてる。入学式初日でまだ仲良く話せる友だちがいないから。この中にちっちゃい宇賀を見付けることなんて絶望的。みんな同じブレザーの背中。当たり前だけど。肩を叩かれた。振り返る。枝野だった。
「今宮も電車?」
そりゃあな。ここで宇賀に肩叩かれたら、行き先は体育館裏一択だよな。先生が心配するような事態しかあり得ない。
「ううん。自転車」
「マジか。どうやって来てんの。距離、かなりなくない?」
「そうでもないよ」
俺は枝野と歩き出す。でも目は宇賀を探してる。
「ないわ~、チャリって。俺、電車」
「枝野の家は駅に近い方なんだろ。俺ん家、駅行ったら逆にすっげー遠回りんなる」
ちっちゃくて見付けらんなかった。
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