保健室での出来事

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保健室での出来事

「1年3組1番 今宮想太。180.3センチ」 「やった!」  俺はガッツポーズして、次の身長測定を待つ宇賀のつむじを見下ろした。やっちまった後で後悔しても遅い。やっちまった後でするから後悔なんだけど~。身体測定IN保健室。でもだって、中3の身体測定、179.8センチで、もう一回、測り直してもらったけど、やっぱり179.8センチで、すっげーくやしくて、やっと180センチ超えを果たした喜びを爆発させて何が悪いんだ。宇賀、お前、下向いてると、ますます背が低く見えてよくないと思う。顔上げて背筋伸ばしてないと背も伸びないぞ~。言わないけど。言えないけど。俺が身長計からどくと、保健の先生(年齢は期待値よりも上、胸囲は期待値よりもかなり上、ただし腹囲がメタボレベル)が乗ってた踏み台から下りて、あの頭にのっけるヤツを見るからに低くした。お願い!ちびっ子ヤンキーを刺激しないで!と俺は思いながら、記録係の先生から記録表を受け取る。宇賀は身長計に立つ。そうやって、だら~んと立つと、ますます低くなんのに。言わないけど。言えないけど。 「2番 宇賀晴。161.4センチ」  宇賀は記録表を受け取り、体重測定を待つ俺の後ろに並ぶ。下向いてると、今年もゼンゼン伸びなくてガッカリ…みたいに見えてよくないと思う。言わないけど。言えないけど。俺は後ろを振り返る。 「あの、ごめん」  ちっちゃい声で謝った。宇賀をバカにしたつもりはないけど、確実に宇賀はバカにされたと思ってんにちがいないから謝る。俺ってオトナ。 「は?」  顔を上げて宇賀がにらむ。ほんとこいつの顔、キレイだよな。目力(めぢから)もめっちゃ強くて。はっ!見つめている場合ではない。 「お前のこと、バカにしたとかそういうんじゃなくて」 「俺の何をバカにしたんだよ?」 「だからそういうことじゃなくって。俺、中3の時、」 「お前の中3の話なんて聞いてねえよ」 「ケンカなら外でやんなさい」  保健の先生に言われて、俺と宇賀は押し合いドツキ合い、保健室のドアに向かう。こいつよりも先に出てやる!上ばきのつま先だけでも!俺の方が断然リーチが(なげ)えんだよ。腕を伸ばしてドアをガラガラ開け――わきの下から宇賀がすり抜けやがった!こいつ、こんな時だけちっちゃいことを有効利用しやがって。俺は体操着の肩を掴む。骨をじかに掴んだかと思った。手の中で砕け散りそうな細い肩の骨。細い首  もわっとニオイがした。――  女子のニオイがむんむん。男子の測定を待ってる女子が廊下にぎっしりいた。先生~!どーして女子はジャージの上下、着ていいんですか?男子は半そで体操着、学年カラーの緑のハーフパンツなのに。女子は俺ら何にもしてねえのに思いっきりヘンタイをさげすむ眼差しで見ている。その(あつ)にさすがの宇賀も後退りして保健室に戻り、ドアをガラガラ閉める。俺は引っ張っちゃった宇賀の体操着の肩を直す。無言の休戦条約を結んだ俺らは(ってより女子に無条件降伏)回れ右して 「すみませんでした」 「すみませんでした」  いっしょに保健の先生に謝ると、おとなしく列に戻った。  その日の帰りのSHR(ショートホームルーム)が終わって、がやがやみんなが教室を出て行く中、鹿尾先生がこっちに来た。保健の先生、担任に言い付けやがったな!と反射的に思う。当たり前だよな~。言い付けるよな~。 「宇賀、ちょっと来なさい」  え?と俺は宇賀を振り返る。俺の頭をガシッと何かが掴んだ。うおう。先生、口では宇賀を呼び出しながら、手は俺の頭を掴むって、何すか、この謎行動。 「お前らまた保健室で騒ぎを起こしたそうじゃあないかあ。説教だ説教。宇賀、行くぞ」  宇賀は席を立つ、バッグを持って。俺は先生に頭を掴まれたままジタバタする。 「どうして宇賀ばっかり。俺も」 「お前だって説教するさ。でもお前ら二人から同時に話聞いたら、またそこでケンカおっ(ぱじ)めるだろうがよ」  確かに。先生はぽんと俺の頭を軽くはたいて、 「今宮はここで待ってろ」  言い残すと、宇賀といっしょに教室を出て行く。確かに。宇賀に「ここで待ってろ」って言ってもまちがいなく帰るからな。俺を残したのは大正解っすよ!先生、アタマいいな~ 「ご愁傷(シューショー)(サマ)」  枝野が言いながら手を振って横を通り過ぎる。 「じゃあな」  俺は手を振り返す。昨日の午後、枝野にいっしょに部活見学しようって言われて、「俺、バスケ部一択だから」って言ったけど、文化部見学に付き合わされて、まあ、楽しかったけど。枝野はパソコン部という名のゲーム部に仮入部を決め、俺は今日こそは体育館に行ってバスケ部に仮入部するつもりだったのに。ぐでえっと机に寝そべる。高校入学三日目で呼び出しってやべえ。親呼び出しされるほどじゃないと思うけど。どうして宇賀、あんなにツンツンしてんだろ。そりゃ入学式で女とまちがったのは俺が悪かったけど、今日も、ちびの気持ちを考えずに180センチ超えを大喜びしたのは俺が悪かったけど…って俺が全面的に悪いのか!そ~か~俺が悪いのか。んなわけねえだろっ! 「寝てるんじゃねー」  ぐじゃぐじゃ悩んでいると、どんぐらい時間が経ったのか、先生が教室に戻って来た。先生一人だった。 「寝てねえっすよ」  俺は机から起き上がる。宇賀、バッグ持ってったもんな。そのまんまお帰りだよな。黒板の上の時計を見ると、あ、何分から待ってたのかわかんねえから時間、わかんねえや。すっげー俺、悩んでた気がすんのに。バッグ持って席を立つと、俺は先生の後に付いて行く。  連れて行かれたのは社会科準備室だった。 「失礼します」  って言って入ると、左側は一面本棚で、右側に先生たちの机。他の先生はいなかった。奥に校庭に面した窓。本棚には本やファイルが並べられてるってより詰め込まれて、その前に、バレーボールのネット立てる柱?意外と名前知んないや。あの柱を横にして置いてる体育倉庫にあるヤツ、これも名前知んないな。それみたいなのに巨大な巻物が何本も置かれてる。何の巻物?あ、年表とか地図とかか。何もかもがボロいな~。昨日の新入生歓迎会で落語研究部(おちけん)がホコリでゲホゲホしながら「これが伝統ある都立高のホコリでございます」ってサゲ言ってたなあ。一番奥の机まで先生は歩いて行く。机にはアコースティック(アコギ)ギター一本とエレキギター(エレキ)二本が立て掛けてあった。鹿尾先生、新入生歓迎会の大トリで先生たちのバンド・ティーチャーズのボーカル&ギターで、すっげー歌もギターも上手くてビックリした。ふう。俺はため息をついてしまう。新入生歓迎会の前にもちょっとあったんだよな、宇賀と俺。  出席番号順に並んで教室から体育館に行く時に先生に「入学式の時みたいに出席番号順に座ったら、俺、座高が高いんで後ろの人が見づらいから、一番後ろに座っていいですか」って聞いて、OKもらって。俺のすぐ後ろにいるから宇賀に聞こえてるとは思ったけど、一応、振り返って 「宇賀、俺、席、後ろに行くから、お前、一番目に座って」  って言ったら、無視(シカト)しやがって~~~。体育館行って、俺は列から外れて、みんなを先に行かせて、どんどんイスに座ってゆくのを見てるうちに、まさか宇賀、昨日、俺が座った一番目のイスを空けて座って、最終的に最後に俺が座るイスがなかったりして~って不安になったけど、そんなことはなかった。  先生はギイッと心配になるほどボロい音を立てて自分のイスに座ると、隣の先生の机のイスを目で示した。 「座んなさい」 「はい。失礼します」  俺は頭下げて、座る。やっぱギイッとボロい音が響く。窓が開いてて校庭でやってる部活の声が聞こえる。 「今宮、宇賀にからむのやめなさい」  いきなり言われて、さすがに俺もキレた。 「先生、『からむ』って、どっちかってゆーと、つっかかって来てんのは宇賀の方ですよ」 「わあってる(わかってる)。わあってんよ、今宮」  先生は両手の手のひらを俺に向かってひらひらした。 「今宮、お前みたいなヤツには受け入れ難いことだろうけども、世の中にはね、他人のやさしさとか好意とかを素直に受け取れないヤツもいるんだよ。そういう子にとっては、お前のやさしさがストレスなんだよ。お前みたいのが、宇賀みたいのを放っとけない理由はよぉーっく!わかる。『みんな仲良く』だろ?」  「みんな仲良く」のどこが悪いんですか?みんな仲良くにこにこしてられたら最高じゃねえですか!って思うけど、俺は黙ってる。宇賀は、そういうのキライだろな。「みんな仲良く」なんて、あいつにとっては押し付けなんだろな。 「お前がからまなきゃ、宇賀は騒がないと思うよ。やってみ」  俺は、うなずいた。先生はうなずき返す。 「俺からの話は以上」  俺はイスを立って、おじぎする。 「失礼します」 「今宮」  まだ何か言うことあんのかよ?さすがにイラッとした。先生は自分の口に両手当ててふさいでいる。何だっつーんだよ?!もごもご、両手の中で先生は言った。 「クラス担任が部活勧誘しちゃいけない暗黙のルールがあんだよな~」  ふさいでた両手を開き、口の両脇で広げた指をぴらぴら動かすのが、ちょっとキモイ。フツーにしゃべって下さい。 「今宮、昨日、部活見学してなかったよね?まさか帰宅部?――ってこれは担任として聞いているんだよ。宇賀にも聞いたから。聞くまでもなかったけど」  帰宅部か。そうだよな。俺は先生に言ってやった。 「昨日は枝野と文化部、見学してたんです。今日は行きます、バスケ部」 「そーかー。バスケ部かー」  棒読みで言うと、口を両手で閉じる。 「いっしょに体育館行くと、担任が勧誘したみたく見えちゃうから、今宮、先に一人で行ってくれる?」  あんた、バスケ部顧問か!!
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