「さ」も知ってる俺

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「さ」も知ってる俺

「今宮」  休み時間。出席番号4番の枝野は、3番の江川さんと2番の宇賀の机の横をスルーして俺の机にやって来る。休み時間、宇賀は本を読んでる。図書館のラベルが付いてる、ボロい古い本。ちょっとちらっとのぞいてみたら、日本語で書いてあったけど、日本語じゃない。古文を俺は日本語として認めない。どうして「ふ」って書いてあんのに「う」と読めと?ギリギリ日本語として認めるのは江戸時代まででござる。  鹿尾先生が言った通り、俺がからまなくなったら、ほんとに宇賀は後ろにいるか、いないか、わかんないくらい静かだ。あんなにハデな登場をしたのに、クラスにいるのにいないようなレベルのキャラになっちゃうなんて……  鹿尾先生が言ったことは正しかったということだ。でも、それでいいのかな。静かだけど、確実に宇賀は、ぼっちだった。先生的には問題を起こさなきゃいいんだと思う。宇賀はめちゃくちゃアタマがよかった。出席番号1番の宿命で授業が始まると毎日毎日、1時間目から6時間目まで先生に当てられ続け、俺の「わかりません」か、まちがった答えの後に宇賀が正しい答えを言うのがお約束みたいになっちゃって、俺がたまたま正しい答え言うと「おお…」って教室中がどよめいたくらいで。先生にしてみたら俺みたいな下から数えた方が早いバカとつるんで、成績のいい宇賀が問題起こしたら困るんだ。 「ジャンプ読んだ?」  ゲームの話に俺がテキトーなあいづちを打ってると、枝野が話を変えた。ごめん。話、ゼンゼン聞いてなかった。 「まだ。うち、妹が学校にもってっちゃうから」  って俺、先週も言った。枝野はかまわず今週のジャンプの話を始める。ネタバレ萎えるんですけど。枝野の話っていつも「説明」なんだよなあ。ジャンプだけじゃなく、テレビとかゲームとかも。何がどうなって、ああなって、こうなって、あーだこーだ。ここがヤバイ!とか熱く語ってくれたら聞くのも楽しくて、ネタバレてても、今読んでるとこはこうなってるけど、ああなっちゃうのか!って思いながらジャンプを読めるのは、いつのことだろう。妹が学校で先生に没収されたりすると、確実に一週間は返って来ないからな… 「世の中の先生で絶ッ対(ぜってー)、生徒からジャンプ没収して買わずに済ましてるヤツいると思う」 「ぶふっ」 「何言ってんの、いきなり」  枝野にヘンな顔されたのは置いといて、俺は振り返る。宇賀が分厚い本を机に開いて下を向いて読んでいる。 「宇賀、今、笑ったよね?」  はいはい、聞いたって完無視されるってわかってんよ。 「今宮、やめとけよ」  枝野にも言われる。でも、――チャイムが鳴る。 「やめとけよな」  枝野はもう一度言って自分の席に戻る。いつもは先生が来るまでしゃべってんのに、宇賀VS俺に巻き込まれたくないんだろう。えーと、何回戦だ、これ?俺は机の上の本を読んでるとこがわかんなくなっちゃわないように開いたまんま取り上げる。宇賀は顔を上げもしない。何のリアクションもない。俺は色あせた赤い背表紙のかすれた文字を読む。 「義経(よしつね)()」  漢字は読める。机の上に本を開いたまんま戻す。 「義経なら知ってる。牛若丸だよね。弁慶と橋の上で戦ったの」 「ギケイキ」  宇賀が謎の呪文を唱えた!俺は聞き返す。 「え?」  リアルに魔術師とか陰陽師とか呪文唱えたら「え?」ってモンスターが聞き返したらマジウケると思いつつ。 「これは『ギケイキ』って読むんだよ」  顔を上げないまま宇賀が説明する。 「何で?」 「何で?って有職(ユウソク)()みって言って」  宇賀は謎の呪文を唱え続けるが、あーあ、先生、来ちゃった。 「次の休み時間に聞く。ナントカみ?教えて」  顔を上げた宇賀はめちゃくちゃヤな顔をしていた。俺はその顔にめっちゃ笑顔を返してやって前を向く。次の休み時間ってお昼休みだから、教えてもらいながら、いっしょにご飯食べるのもアリかも。って思ったら、俺のお腹が鳴った。ぐううううう  背中で宇賀の思いっきり俺をバカにしたため息が聞こえた。  そして、お昼休み。宇賀を振り返ると、枝野がスマホ持って別のグループの方へ行くのを目撃してしまった。「ゲームやんない?」とか言ってるっぽい。俺・枝野・宇賀で、みんな仲良く、ってのはあり得ないか。そうだよな~。 「バカだな、今宮。俺なんかに話しかけて」  みんながお弁当いっしょに食べるために机やイスを動かしてる音の中、宇賀が俺にしか聞こえないようなちっちゃな声で言う。 「今、枝野にフツーに話しかければ、何にもなかったみたいに話して来ると思うよ。行きなよ」  宇賀はバッグからコンビーフポテトパンとスマホを出す。パンを机に置いて、スマホをいじり始める。宇賀がスマホいじってんの初めて見た――おおっ!スマホじゃない!そのかじったリンゴマークは! 「宇賀、iPhoneなんだ。いいなあ。見せて」  「見せて」の「見」で手を伸ばし、「せ」を言って「て」を言い終わらないうちに宇賀の手からiPhoneを取る。画面を見て俺は、ぶふっと吹く。 「スマホより、」  って言いかけた宇賀のちっちゃい顔の前にスマホの画面を突き出す。 「マジウケる。何だよ、お前も理由わかんないのかよ」  「義経記 読み方 理由」で検索してやんの。宇賀は俺の手からスマホを取り返――せない。そんな細い指で、バスケットボール掴める大きな俺の手から取り返せるかっての。 「わかんないから調べるんだろ」  宇賀は吐き捨てると、もうiPhoneなんかどうでもいい顔して席を立つ。あ、行っちゃう。俺はとっさに言う。 「知ったかぶり~」  ギッとにらまれた。やべ。また地雷をぴよおおおんっとジャンプして両足で踏みに行っちゃったよ、俺。どっかんっ! 「知ったかぶりっていうのは知らないことをさも知ったように言うことだろ。俺はちゃんと調べて言う」 「『さも知ってる』?」 「そこ!つっかかるか」 「え、でも、調べて、『さ』も知ってるみたいに俺にエラそ~に話すつもりだったんだろ。じゃ、同じくない?」 「今、お前が現在進行形で『さも』を知ったかぶりしてるだろ。調べろ。今すぐ。ここで」 「iPhone使っていいの?!」 「てめえのスマホを使え」 「減るもんじゃないのに~」 「減るだろ。電池とギガが」 「ふふ。上手いこと言うなあ、宇賀。確かに減る」  って言いながら俺は勝手にiPhoneを使っちゃう。宇賀はあきれ顔でため息をつくと、どっかへ行こうとする。俺は腕を掴む。ほんと細くて、掴むだけで折っちゃいそう。 「どこ行くの」 「手、洗いに行くんだよ」  俺は爆笑する。職員室であいさつもしないのに、ごはんの前には手、洗うの?お前。マジウケる。
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