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バカと天才
それは短すぎる平和な日々だった。(遠い目)――朝来て、俺が「おはよう」って言う前に宇賀が「おはよう」って言うようになったのに。休み時間、宇賀は本を読みながらだけど、フツーにしゃべってくれるようになったのに。移動教室も俺がごそごそ教科書とノートを用意するのを待っててくれて、並んで廊下を歩くようになったのに。俺と並んでだよ!宇賀が!お昼休みにいっしょにお弁当食べるようになったのに。宇賀はコンビニパンかコンビニおにぎりだけど。そんな物食べてるから大っきくなんないんだよ。とは言えないけど。帰り、「じゃあ」って言ってくれるようになったのに。
痛みに俺はガバッと机から起き上がった。教科書何ページ?!
黒板の前に先生、いない。時計は12時を過ぎてた。いつの間にお昼休みがやって来た?!俺は痛む背中をさすりながら宇賀を振り返る。宇賀が冷たい目で俺を見返す。俺、瞬間リアル凍結。授業中、寝ちゃってる俺を起こしてくれるのはありがたいんだけど、どんどん起こし方が暴力的にエスカレートしてるような気が。イスの背もたれ叩いてたのが、イス蹴るようになって、ついに背中、殴られた…見えないけど絶ッ対パーじゃなくてグーだと思う…宇賀、起こしてくれて小声で教科書のページ教えてくれるんだけど、教科書開いたら前の時間の教科書の上に寝っぱなしで古文の授業で生物の教科書を朗読しちゃったのは笑えたな。先生はくすりとも笑ってくんなくて、すっげー怒られましたけど。……あくびすると、ぐふっ。やっぱりグーだよ。グーパンチを胸に打ち込まれた。そんな細い指、固めたところでダメージないけど。
「昼間寝て、夜も寝てんなら、いつ起きてんだよ、お前」
宇賀のキレた声を聞きながら向き直り、机の上に広げただけの教科書とノートをしまうと、机の横に掛けたスポーツバッグからお弁当を出す。もうお昼休みか…やべえ、午前中の授業の記憶が途切れ途切れにしかない。ほぼ寝てた。お弁当を宇賀の机に置くと、自分の机を前に少し押し出して、俺はイスごと宇賀の方に向く。
「ゴールデンウィーク明けから朝練始まって朝早いんだよ…」
「何時に起きてんだよ?」
「5時45分」
「夜は何時?」
それな。それ……口を開けるとあくびが出そうになるけど宇賀に殴られるので必死にかみ殺して答える。
「わかんにゃふ」
結局、あくびに語尾を持ってかれた…。宇賀が目の温度を零下百万無量大数度まで急降下させて俺を見る。俺は頭が重くて、お弁当箱を枕に机に寝る。
「人の机で寝るな」
わかってるけど。眠いのううう。
「家帰ってフロ入ってごはん食べてテレビ見て宿題しなきゃ予習しなきゃって部屋行って机座って」
記憶が途切れる。激痛が俺を襲った。悪魔が天使の顔して、ほほ笑んで俺の面(つら)の皮を引きはがそうとしているううう
「ほっぺた、つねらないでえええ《えええ》」
宇賀の手を俺はタップする。つねった指を決して離さず、宇賀は俺の話の続きを言った。
「次の瞬間、朝が来ちゃってるわけだ」
うぐうぐ、俺はうなずく。机でずっと寝ちゃってるわけじゃなくて、夜中に、はっ!と目が覚めて、一応ベッドで寝てるけど。宇賀の指が俺のほっぺたを離した。
「とりあえず寝ろ」
「へ?」
「お昼休み終わったら起こすから寝な」
俺は顔を上げる。
「お弁当は?」
「それかよ!」
あきれ顔で宇賀は言う。
「食って寝れば?」
「食ってすぐ寝たら牛になるよっ」
言いながら俺は笑ってしまう。俺がそう返すのわかってて言っただろ、お前!宇賀も笑ってる。
「お前ね、眠いのに起きてて結局寝ちゃうって一番、非効率的だよ。眠かったら寝ろ。起きてなきゃって思って寝ちゃうのと、寝るって決めて寝るのじゃゼンゼン体の休まり方がちがうんだから。もう、俺の話なんてどうでもいいから早く弁当食って寝ろ」
「お弁当は起きたら食べる…」
お弁当箱を押しやって、俺は腕を重ねてほっぺた乗っけて、目を閉じる。ふわふわ揺れて、すっげー気持ちいい。あ、赤ちゃんが揺さぶられてるのってこんなカンジかああああ…っじゃね~よ!俺は目を開けてガバッと起き上がる。宇賀の笑顔があった。マジこえええよ!お前の笑顔。一瞬でも俺の覚醒が遅かったらお前、何をしようとしてたあああ?!こわすぎて聞けねえ。
「おはよう」
「おはようございます」
宇賀の笑顔の目覚めのあいさつに、俺は机に額付けてあいさつを返す。今の笑顔と「おはよう」をスマホの動画で撮って朝の目覚ましにしたい。俺、目閉じて瞬殺で寝オチしちゃったんだなあ。両手上げて伸びをする。
「お昼休み、あと十分。お弁当食べちゃいな」
「はいっ」
宇賀の言いなり。あ~でも、すっげ~久しぶりにスッキリしてる~。眠くない。お弁当箱のフタを開けて、もりもり食べ始める。
「お前、夜は寝な」
「ふえ。えも、ふぇんきょしな、げほほほ」
「口に物を入れたまま、しゃべんな」
俺はスポーツバッグから麦茶の入った水筒を出して、コップを外して注いで、ぐいっと飲む。ぷはー
「え。でも、勉強しないと」
「って寝ちゃうんだろ。なおかつ授業中も寝てんなら、お前はいつ勉強してんだ?え?」
その通りでございます。しょんぼり、俺は春巻をくわえる。俺、揚げたてパリパリより、シナシナの方が好き。
「お前は春巻、パリパリとシナシナ、どっちが好き?」
春巻を箸で宇賀に差し出す。
「お前、人の話、聞いてるか?」
「あ~ん」
「要んねーよ」
餌付けにはまだ成功しないぜ。俺は春巻を自分の口に放り込む。宇賀が言う。
「宿題とか予習とか休み時間にやれよ。朝だって時間あるだろ。朝練終わった後。そういう時間を活用すんだよ」
「そっかぁ…」
ごはん粒を噛みしめる。かみかみかみかみかみ――なんかヤダ。いい案だと思うけど、休み時間まで勉強なんて
「勉強、俺が見てやるから」
いい!なんてスバラシ~案なんだ!宇賀!やっぱりお前アタマすっげーいい!宇賀に向かって、ぶんぶん、うなずいた。そしたら、すっげーにらまれた。
「寝てるお前、先生が当てんだろ。そんでお前が答えられない・まちがえると、次に当てられんのは確実に俺なんだよ。マジ迷惑してんだよ」
「…ごめんなさい」
しょぼぼーんと俺は頭を下げた。
次の日の朝。いつもは今日お休みかなーって不安になるくらい朝のSHRギリギリにチンタラ学校に来る宇賀がもうキター!!!でも、
「1時間目、体育だね…」
おはようを言う前に言うと、1時間目・体育の特権で朝練のまんま体操着と緑のハーフパンツの俺に、宇賀はすっげーヤな顔した。
「そんでも昨日の宿題あんだろ。やんぞ。3時間目・数Ⅰ」
「え。そんなのあったっけ?」
宇賀はバッグを自分の机の上に置いてイスに座ると、バッグを開けて教科書やノートを机の中に入れる。
「あったね。お前が寝てる間に」
そっか。昨日の午前中、ほぼ寝てたからなあ。でも午後はお昼休みに寝たからお目々パッチリだった。夜も最初からベッドでぐっすり寝れたから、あ
「宇賀の夢見た」
「は?」
もーう、何で夢の話して、俺はお前にそんなにヤな顔されないとなんないの~?
「宇賀に勉強教えてもらえるんだーって思って寝たから、」
「そんなのどうでもいい。時間がもったいない」
ギロチンのように話をぶった切られる。夢の中ではめっちゃ笑顔だったのにな。どんな夢だったか、宇賀の笑顔しか覚えてないけど。俺はごそごそ自分の机から数Ⅰの教科書とノートとペンケースを出して宇賀の机に置く。宇賀は俺の教科書を開く。
「宿題、ここ」
「うん」
俺はノートを開いてペンケースからシャーペンを出して持つ。宇賀は自分のノートを出さない。俺は宇賀を見つめる、首を傾げて。同じく宇賀は俺に首を傾げてみせる。
「お前ね、ひょっとして俺が宿題写させてくれると思ってる?」
「え。だって勉強教えてくれるって…」
「宿題写させるのは『答えを教える』んであって『勉強を教える』んじゃないだろ」
また思いっきりヤな顔された。夢の中では笑顔だったのになあああああ……
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