43人が本棚に入れています
本棚に追加
神様にお願い
中間試験一週間前、部活動停止。俺史上最高に勉強する気まんまんで、帰りのSHRが終わると、後ろの席の宇賀を振り返った。
「宇賀、今日、お前ん家、行っていい?」
「――何言ってんだよ」
宇賀はバッグを持って席を立つ。待って。お願い。せめて話だけは聞いて。
「帰んないで~」
「お前ね、試験前で部活ないからって人ん家、遊びに行くって本末転倒だろ」
「本待つ店頭?ジャンプの続きが待ちきれずに夜中にコンビニ行っちゃって、月曜の午前零時にレジ前に並べられるのを待つあれか!」
「少なくともちがう。そんなことやってんなら、とっとと寝ろ」
行こうとする宇賀の腕を掴む。細い。俺の手がでかすぎるせいだって言うけど、そんなことないと思う。
「だーかーら、試験勉強すんの、お前ん家で」
「そんなの…」
宇賀はそっぽを向く。えええ~、今さら見捨てる?宇賀が朝のSHR前と休み時間、宿題と予習見てくれるようになって、俺、確実に勉強できるような気になっちゃってて、中間試験がんばろうって、今!めっちゃモチベ高いのに!
「図書館は?」
宇賀が聞いて来た。俺はうなる。
「う~ん。だってあんま話、できないよね」
「やっぱ遊びが目的か?」
「じゃなくて。宇賀の説明、ちっちゃい声でひそひそ聞くの、聞きづらい。試験前だから人も多いよ、きっと。だから宇賀ん家」
もちろん宇賀の家に行ってみたいという下心もアリだけど。
「俺ん家はダメ」
ま、拒否られるとはわかってた。俺は宇賀の腕を離す。
「わかった。んじゃ、俺ん家」
試験勉強するのが第一目的なので、そこはカンタンに妥協するぜ。
「言っとくけど俺の部屋、極狭・汚部屋だからな。来て後悔しても遅いからな」
「お前ん家…」
「今日、ババアはパートだから、家、だれもいないから気にしねえでいいよ」
俺はバッグに教科書とノートを詰めて持ち――重っ!最近、学校で勉強するから家に持って帰ってなかったからなあ。
「今日は数学教えて」
宇賀に言って、数学以外の教科書とノートは机の中に戻す。
「『今日は』って『明日』は?」
聞かれて、俺は笑顔で返す。
「今日明日だけじゃなくて一週間毎日」
ほんっとお前って心底ヤ~な顔するよなあ、俺に向かって。
いつもは放課後、部活に体育館とか校庭とか音楽室とか書道室とか家庭科室とか、あっちこっち行くのが、今日は一斉下校みたいなもんだから、靴箱は混み混み。俺は宇賀が肩に掛けたバッグのヒモをずーっと掴んだままで、出口を出ると、門の方へ行こうとするのを引っ張る。
「こっち」
「だから俺はお前の家なんか行かないっつってんだろ」
「そんならお前の後に付いて、お前ん家、行っちゃうよ?お前、走ったって確実、自転車追いつくから」
正直、自転車じゃなくても確実、俺の速歩きで追いつく自信があるが。バッグのヒモ引っ張って、自転車置場の方に連れて行く。振り返ると、宇賀が自転車を生まれて初めて見たような顔をしていた。ま・さ・か
「宇賀、自転車乗れないの?」
「経験の有無が可能・不可能を決定するものではない」
「俺に理解可能な日本語で言って下さい、プリーズ」
「自転車に乗ったことはないが、それがつまり自転車に乗れないということではない」
「乗ったことないなら、フツー乗れないだろ」
「乗れないよお。ムリムリ」
って近くにいるクラスの女子が俺らの会話に入って来た。それキッカケでクラスの自転車通学組が次々に話に入って来る。
「俺、3日かかった」
「早くない?俺、もっと時間かかった覚えある」
「わたし、いっしょに練習始めた弟の方が先に乗れちゃって、ギャン泣きして一ヵ月くらい自転車乗らなかったよ」
「周りが補助輪、外し始めると、あせるよな~」
「荷台持ってないのに『持ってる』って言われるの、やられた?」
「やる~」
「持ってない!って気付いた瞬間、コケる」
「あるある~」
めっちゃわかる!必ずあるもん、補助輪外して初めて自転車に乗れた時の話。俺、小3の時、お父さんが日本に帰って来て、まだ俺が補助輪付けてるの見て「外すか」って外してくれて、いっしょに練習して乗れるようになったんだよなあ。
「これから自転車乗る訓練?」
マジ顔で女子に宇賀が聞かれてる。
「中間試験一週間前にそんなことをやるわけがない」
今、ここで自転車に乗れないたった一人の宇賀が言い返すと、自転車大好きみんなが正気に返らされた。
「やっば~い。忘れてた」
「こんなことしてる場合じゃない!」
「とか言って、家帰ると何もしないのな~」
「それ言っちゃアカンやろ~。――じゃ~ね~」
「ばいば~い」
「バイバイ」
あっちこっち手を振り合って、みんな自転車に乗って行く。俺が宇賀と仲良くなったら、ケッコーみんな、話しかけて来るようになっちゃって。『みんな仲良く』いいじゃねえッスか。
「自転車は中間終わったら、特訓するとして」
「しない」
「はいはい。今日は荷台に乗って」
俺はいつもは荷台に乗っけてるバッグを前カゴにブッ込み、宇賀のバッグも取り上げてブッ込み、ヒモでぐるぐる巻きにする。宇賀は荷台を初めて見たような顔をしている。
「お前、ほんと、この高校に転生するまで、どこの異世界にいたの?」
「は?」
「説明しづら。とにかく座って」
「どうやって?」
「そこからかよ!」
マジでこいつ現実世界転生して来たにちがいない。俺は荷台にフツーにまたがってみせる。女の子乗りを伝授してやろうかとも思ったが、あれ、落ちた時、後頭部から落ちるから危ない。
「わかった」
見りゃわかんだろ!と思いつつ、俺が荷台を降りると、宇賀がバカマジメな面で荷台にまたがろうとするのを止める。
「待って。ごめん。校内で乗るの禁止なの」
「そういうことは最初に言え」
「ごめん」
俺はスタンド、ガッシャン蹴って、チャリ押して行く。宇賀は、付いて来る。校門を出て、俺はサドルにまたがり、
「はい、どうぞ」
宇賀が荷台にまたがる。
「手は、どこに置けば?」
「そりゃもー俺の腰に腕を回して、腹の前で手を組む!」
「『ぽんぽん』…」
「お腹。――へっ?」
マジか。宇賀が俺の腰に腕を回して、腹の前で手を組む。俺は、五月の青い空を見上げた。
神様。多くは望みません。このままド貧乳でいいです。こいつが現実世界転生する時に女体化さえしてくれてたら、俺、この後、母ちゃんがパートでいない家に、こいつをお持ち帰りしてDTを捧げたのに。
俺はペダルを踏み出し、うっわ、軽っ。
「ほんとお前、」
軽いな。って言いかけて、俺はザリザリ、ヘンな音を背後に聞く。え!宇賀の何か、車輪に巻き込んじゃってる?止まって、宇賀を振り返る。
「お前、何か、車輪に巻き込んじゃってない?ヘンな音が…」
「足の、置き場は?」
聞かれて俺は爆笑した。足の置き場がわかんなくて、地面に足、擦ってたのか。ほんとこいつ、どこの異世界にいたの?
最初のコメントを投稿しよう!