神様にお願い

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神様にお願い

 中間試験一週間前、部活動停止。俺史上最高に勉強する気まんまんで、帰りのSHRが終わると、後ろの席の宇賀を振り返った。 「宇賀、今日、お前ん()、行っていい?」 「――何言ってんだよ」  宇賀はバッグを持って席を立つ。待って。お願い。せめて話だけは聞いて。 「帰んないで~」 「お前ね、試験前で部活ないからって人ん家、遊びに行くって本末(ホンマツ)転倒(テントウ)だろ」 「本待つ店頭?ジャンプの続きが待ちきれずに夜中にコンビニ行っちゃって、月曜の午前零時にレジ前に並べられるのを待つあれか!」 「少なくともちがう。そんなことやってんなら、とっとと寝ろ」  行こうとする宇賀の腕を掴む。細い。俺の手がでかすぎるせいだって言うけど、そんなことないと思う。 「だーかーら、試験勉強すんの、お前ん家で」 「そんなの…」  宇賀はそっぽを向く。えええ~、今さら見捨てる?宇賀が朝のSHR前と休み時間、宿題と予習見てくれるようになって、俺、確実に勉強できるような気になっちゃってて、中間試験がんばろうって、今!めっちゃモチベ高いのに! 「図書館は?」  宇賀が聞いて来た。俺はうなる。 「う~ん。だってあんま話、できないよね」 「やっぱ遊びが目的か?」 「じゃなくて。宇賀の説明、ちっちゃい声でひそひそ聞くの、聞きづらい。試験前だから人も多いよ、きっと。だから宇賀ん家」  もちろん宇賀の家に行ってみたいという下心もアリだけど。 「俺ん家はダメ」  ま、拒否られるとはわかってた。俺は宇賀の腕を離す。 「わかった。んじゃ、俺ん家」  試験勉強するのが第一目的なので、そこはカンタンに妥協(ダキョー)するぜ。 「言っとくけど俺の部屋、極狭(ごくせま)()部屋(べや)だからな。来て後悔しても遅いからな」 「お前ん家…」 「今日、ババアはパートだから、(うち)、だれもいないから気にしねえでいいよ」  俺はバッグに教科書とノートを詰めて持ち――重っ!最近、学校で勉強するから家に持って帰ってなかったからなあ。 「今日は数学教えて」  宇賀に言って、数学以外の教科書とノートは机の中に戻す。 「『今日は』って『明日』は?」  聞かれて、俺は笑顔で返す。 「今日明日だけじゃなくて一週間毎日」  ほんっとお前って心底ヤ~な顔するよなあ、俺に向かって。  いつもは放課後、部活に体育館とか校庭とか音楽室とか書道室とか家庭科室とか、あっちこっち行くのが、今日は一斉下校みたいなもんだから、靴箱は混み混み。俺は宇賀が肩に掛けたバッグのヒモをずーっと掴んだままで、出口を出ると、門の方へ行こうとするのを引っ張る。 「こっち」 「だから俺はお前の家なんか行かないっつってんだろ」 「そんならお前の後に付いて、お前ん()、行っちゃうよ?お前、走ったって確実、自転車追いつくから」  正直、自転車じゃなくても確実、俺の速歩きで追いつく自信があるが。バッグのヒモ引っ張って、自転車置場の方に連れて行く。振り返ると、宇賀が自転車を生まれて初めて見たような顔をしていた。ま・さ・か 「宇賀、自転車乗れないの?」 「経験の有無が可能・不可能を決定するものではない」 「俺に理解可能な日本語で言って下さい、プリーズ」 「自転車に乗ったことはないが、それがつまり自転車に乗れないということではない」 「乗ったことないなら、フツー乗れないだろ」 「乗れないよお。ムリムリ」  って近くにいるクラスの女子が俺らの会話に入って来た。それキッカケでクラスの自転車(チャリンコ)通学組(つうがくぐみ)が次々に話に入って来る。 「俺、3日かかった」 「早くない?俺、もっと時間かかった覚えある」 「わたし、いっしょに練習始めた弟の方が先に乗れちゃって、ギャン泣きして一ヵ月くらい自転車乗らなかったよ」 「周りが補助輪、外し始めると、あせるよな~」 「荷台(後ろ)持ってないのに『持ってる』って言われるの、やられた?」 「やる~」 「持ってない!って気付いた瞬間、コケる」 「あるある~」  めっちゃわかる!必ずあるもん、補助輪外して初めて自転車に乗れた時の話。俺、小3の時、お父さんが日本に帰って来て、まだ俺が補助輪付けてるの見て「外すか」って外してくれて、いっしょに練習して乗れるようになったんだよなあ。 「これから自転車乗る訓練?」  マジ顔で女子に宇賀が聞かれてる。 「中間試験一週間前にそんなことをやるわけがない」  今、ここで自転車(チャリ)に乗れないたった一人の宇賀が言い返すと、自転車(チャリンコ)大好きみんなが正気に返らされた。 「やっば~い。忘れてた」 「こんなことしてる場合じゃない!」 「とか言って、家帰ると何もしないのな~」 「それ言っちゃアカンやろ~。――じゃ~ね~」 「ばいば~い」 「バイバイ」  あっちこっち手を振り合って、みんな自転車に乗って行く。俺が宇賀と仲良くなったら、ケッコーみんな、話しかけて来るようになっちゃって。『みんな仲良く』いいじゃねえッスか。 「自転車は中間終わったら、特訓するとして」 「しない」 「はいはい。今日は荷台に乗って」  俺はいつもは荷台に乗っけてるバッグを前カゴにブッ込み、宇賀のバッグも取り上げてブッ込み、ヒモでぐるぐる巻きにする。宇賀は荷台を初めて見たような顔をしている。 「お前、ほんと、この高校に転生するまで、どこの異世界にいたの?」 「は?」 「説明しづら。とにかく座って」 「どうやって?」 「そこからかよ!」  マジでこいつ現実世界転生して来たにちがいない。俺は荷台にフツーにまたがってみせる。女の子乗りを伝授(でんじゅ)してやろうかとも思ったが、あれ、落ちた時、後頭部から落ちるから危ない。 「わかった」  見りゃわかんだろ!と思いつつ、俺が荷台を降りると、宇賀がバカマジメな(ツラ)で荷台にまたがろうとするのを止める。 「待って。ごめん。校内で乗るの禁止なの」 「そういうことは最初に言え」 「ごめん」  俺はスタンド、ガッシャン蹴って、チャリ押して行く。宇賀は、付いて来る。校門を出て、俺はサドルにまたがり、 「はい、どうぞ」  宇賀が荷台にまたがる。 「手は、どこに置けば?」 「そりゃもー俺の腰に腕を回して、(ぽんぽん)の前で手を組む!」 「『ぽんぽん』…」 「お(なか)。――へっ?」  マジか。宇賀が俺の腰に腕を回して、(ぽんぽん)の前で手を組む。俺は、五月の青い空を見上げた。  神様。多くは望みません。このままド貧乳でいいです。こいつが現実世界転生する時に女体化さえしてくれてたら、俺、この後、母ちゃんがパートでいない家に、こいつをお持ち帰りしてDTを捧げたのに。  俺はペダルを踏み出し、うっわ、軽っ。 「ほんとお前、」  軽いな。って言いかけて、俺はザリザリ、ヘンな音を背後に聞く。え!宇賀の何か、車輪に巻き込んじゃってる?止まって、宇賀を振り返る。 「お前、何か、車輪に巻き込んじゃってない?ヘンな音が…」 「足の、置き場は?」  聞かれて俺は爆笑した。足の置き場がわかんなくて、地面に足、擦ってたのか。ほんとこいつ、どこの異世界にいたの?
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