君が見る夢

1/1
前へ
/19ページ
次へ

君が見る夢

 鹿尾先生は放課後、社会科準備室に来いって俺に言った。順位表の作り直し手伝わされんのかなと思ったら、ちがった。 「期末試験で宇賀、全科目・白紙答案出しやがった」  俺は座ってたイスを立って駆け出す。俺は腕を掴まれてイスに座ったまんまの先生を引きずる。イスに車輪ついてるから楽ちんで先生が付いて来やがる!俺は立ち止まった。 「宇賀なら今日、休んでる」 「知ってます。今日、朝、最初、晴のとこに行ったんです」  ふーっっっと俺は息を吐き出す。そうだよ。駆け出してどこに行くんだよ。晴、学校休んでるのに。晴の家、俺、知らないのに。 「席に戻れや、今宮」 「…って俺の腕を掴んだまんま、省エネで戻ろうとしないで下さい」 「バレた」  先生は俺の腕を離すと、床を一蹴りで自分の机に戻った。どのみち省エネだな!俺は歩いて戻って、ギイッってボロい音を立てて、鹿尾先生の机のとなりの先生のイスに座る。一年ん時、晴に絡むなって先生に言われた時に座ったイス。 「期末試験の後、休んでて、3組の担任の先生が電話かけたら試験中から体調がよくなかったって本人言ってるそうだ」  そうか。そうだよ。それで休んでるんだから。先生が俺に聞いた。 「今宮、ほんとにそうだと思うか?」 「ぐああああああっ!」  俺は絶叫した。 「あり得ねえですよ!あの負けずギライのあいつが?試験に体調くずすこと自体、あり得ない。もし万が一、熱あってフラフラだったとしても答案真っ白なんてあり得ねえですよ!」  先生はため息ついてうなずいた。 「だよな。けど、俺らは宇賀が体調が悪かったってことで、(こと)を済まそうとしてる」 「俺はそんなこと思わねえですよ」  いっしょにすんな!先生は頭を横に振る。 「『俺ら』って、お前と俺じゃねえよ。『先生たち』だよ。俺をふくめてな。他の赤点のヤツらと同じく夏休みに補習やって、追試すればOKと思っちゃってる」  ギイイイとそのまんまポッキリ逝くんじゃねえかって音を立てて先生はイスの背もたれにもたれる。何にも言わない。開けた窓から聞こえる、校庭で部活やってる声。――何やってんだよ、俺。ここで考えてたって答えなんか出ないのに。俺は言った。 「鹿尾先生、晴の住所、教えてください」  先生にきょとん顔された。グッサリ傷付く俺に先生がトドメを刺す。 「お前、宇賀ん()、知らないの?」 「知んねえですよ。あいつ、絶ッ対教えてくんなくて」 「そうか…俺はてっきり…」  先生は黙り込む。うううう!家教えてもらえないって、やっぱ俺たち友だちじゃなかったのか!いやいやいや。そんなことはない。2年のクラス表の前で、俺が晴を勉強教えてもらう目的ONLYで利用してたみたいなこと言ったのは最大級に悪かったけど!けど、俺がそんなこと言ったって、そんなじゃないって晴、わかってるはずなのに、晴……家行って、仮病だったら晴の胸倉掴んで、「何やってんだよ?」って言ってやる。本当に病気ならお見舞いする。メロンか?!そんなおこづかいはないぞ~。お年玉貯金を下ろすか! 「しかしな~、住所は個人情報だからな~」  先生がわざとら~しく腕組みする。ですよね~、友だちじゃない別のクラスのヤツに教えるわけにはいかないですよね~。じゃねーよ! 「今宮、宇賀に補習のスケジュール表、届けてくれる?部活帰りでいいからさ」 「いいですけど。俺、宇賀ん家、知らないんですって」 「んだから、補習のスケジュール表、届けるために宇賀の住所教えるから」 「え…」  先生の遠回しな個人情報提供に俺は遠回りで気付いた。先生は笑って俺の胸に軽く拳を当てる。俺はうなだれる。 「すんません」 「つーことで、部活行きな。スケジュール表は帰りに渡すよ」 「ありがとうございます」  俺は立ち上がり、頭を下げる。やっぱし先生は先生だよな。俺なんか脳みそ足りなくて。顔を上げる。あーあ、俺、先生なんかになれるのかな。小学校の時、体育の先生が、みんなの前で笛吹くのがカッコいいって思っただけの夢だから。あと、逆上がりとか泳ぐのとか、できない友だちに教えて、できるようになって、すっごくうれしい顔で感謝されたのがうれしかっただけだから。でも、「先生」って、それだけじゃないんだよな。 「鹿尾先生」 「ん?」 「こんなこと、先生に聞いちゃいけないってわかってます」 「やめてくれよ、今宮」  先生は冗談ぽく笑って自分の胸を押さえ、ギイイイってイスを鳴らして体を退()いてみせる。 「先生に聞いちゃいけないことなら最初(はな)っから聞かないで」  ははは。そうだな。その通りだ。でも俺は聞く。 「晴、進路ノートの『自分の夢』、何て書いたんですか?」  先生は視線を足元に落とした。答えないか。そーだよなー。個人情報だもんなあ。 「今さら白紙答案に驚くこともなかったな」  独り言みたいに先生がつぶやいた。足りない俺の脳みそでもピンとわかった。白紙か!NO FUTUREじゃなかったか!  俺は後悔する。もっと早くこのことを知ってたら。入学の日、あきらめずに晴を探して、聞いていたら。友だちになってからは気にもしなかった。アタマのいい晴は、いい大学に入って、いい会社のエリートビジネスマンとかになっちゃうんだろうなあって勝手に思ってた。やっぱ俺、あいつの友だちなんかじゃなかったのかもしんない。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加