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【本日の御予約】 小坪巴 様 ⑤
指先がジンと痺れる。
例えるなら、淹れたての紅茶が注がれたカップに触れた感覚――あたしはお昼に飲んだミルクティーの熱を思い出した。
反射的に肩から手を放して、小坪さんの横顔を窺ってみる。
けれど特に変わった様子はなくて、むしろ手付かずだったおにぎりを頬張っているところだった。
「ん、どないかした?」
「い、いえ――っ」
おにぎりを飲み込んだ小坪さんに訊かれて、慌てて肩に手を乗せ直す。
やっぱり――熱い。
でも、我慢できない程じゃない。
だったら、と。あたしは深く考えるのを辞めた。
おかしいとは思う。けれど、肩を揉んでほしいと言われたのだから、あたしはただ肩を揉めばいい。
おせっかいを焼く図々しさも、あたしは持っていないから。
というか、そもそもあたしは他人の肌に触れる事がほとんどない。
一緒に暮らしている凛介にでさえ、触れられることはあっても、あたしから触れることは滅多にない。
だから人の心配をできるほど人間の体温に精通していない。
そんな風に言い訳を幾重にも重ねながら、小坪さんへの返答を取り繕う。
「えっと。お仕事の進み具合……どうですか?」
「うん、まあまあ順調。みちるちゃんたちのおかげやね」
おかげとは昨日の夕方まで続いたネタ出しのことを言っているんだと思う。とはいえ特別なにかをした訳じゃないので返事に困ってしまう。
指先に力を込めながら代わりの言葉を探す。
少し考えて、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「あの。あたし良くわかってないんですけれど、そもそも小説って一週間足らずで書けるものなんですか?」
「そうやねぇ。ウチはウチ以外の作家さんのことを知らんねんけど――書けるかどうかで言うたら、やればできる。できると信じればできる。要はウチ次第。そんなとこやね」
そんな小坪さんの返答は、予想していた答えのどれでもなかった。
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