【本日の御予約】  小坪巴   様 ⑥

3/6
前へ
/37ページ
次へ
 少し、意外な意見だった。  でも今の発言は的を射ているんだろう。  あたしは凛介のように考えたことは一度もないけれど――そういう風に感じるという、理解できたから。  そんな凛介の言葉に、摩子さんはなるほどね、と頷いた。 「正論――言い換えるなら、と言ったところかな。  確かに、人は場合によって綺麗なモノに不快感を覚えることがあるからね。  時に、高級料亭よりも場末のラーメン屋を選ぶように。  時に、片付いた部屋よりも散らかった部屋が心休まるように。  綺麗であることがメリットに繋がらない――むしろデメリットとして働く矛盾は、往々にして起こりうるよ。  けどね、あくまで起こりうるだけであって、そこには言うまでもなく個人差が存在する。高潔な精神を持つ人間は高級料亭を好むし、片付いた部屋が落ち着く、といった具合にね。  要は、好き嫌いの問題。  みちるちゃんという、を抱えた存在を好きになった凛くんだからこそ――より強く、不快に感じるんじゃないかな?」  意味深に。過剰なほど挑発的に。  試すような口調で締め括った摩子さんに、案の定、凛介は眉間に皺を寄せた。自分の為じゃなくて、あたしの為に怒っているのは、一目瞭然。  でも、別にいいの。 「凛介」  だからあたしは、名前を呼ぶ。  あたしは気にしていないから。  あたしは気にすることができないから。  いまは、――。 「……そういう摩子さんは、どう思ってるんです?」  結局、否定も肯定もすることなく、凛介はぶっきらぼうに聞き返すに留まった。 「私かい?」  対する摩子さんは、悪びれた様子は一切無く、次の言葉を紡ぐ前にカップに唇を付けた。が、やっぱりすぐに離してしまう。  残された湯気が、電灯の白に同化していく。  猫舌なんだから、もう少し冷めてから飲めばいいのに――と思う。  けれど、こういうところは凄く人間味が溢れている。さっきみたいに時折見せる得体の知れない雰囲気との、を取っているかの如く。  さておき。  確かに聞いてみたいと思った。 〝ひねくれ者〟を自称するこの人は。小坪さんの対極の位置に居るようなこの人は、いったいどんな風に思っているんだろう? 「私はね、ぜーんぶだと思ってるよ」  予想通り――予想斜め上の答えだった。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加