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少し、意外な意見だった。
でも今の発言は的を射ているんだろう。
あたしは凛介のように考えたことは一度もないけれど――そういう風に感じるという凛介を、理解できたから。
そんな凛介の言葉に、摩子さんはなるほどね、と頷いた。
「正論――言い換えるなら、綺麗事と言ったところかな。
確かに、人は場合によって綺麗なモノに不快感を覚えることがあるからね。
時に、高級料亭よりも場末のラーメン屋を選ぶように。
時に、片付いた部屋よりも散らかった部屋が心休まるように。
綺麗であることがメリットに繋がらない――むしろデメリットとして働く矛盾は、往々にして起こりうるよ。
けどね、あくまで起こりうるだけであって、そこには言うまでもなく個人差が存在する。高潔な精神を持つ人間は高級料亭を好むし、片付いた部屋が落ち着く、といった具合にね。
要は、好き嫌いの問題。
みちるちゃんという、大きな欠落を抱えた存在を好きになった凛くんだからこそ――より強く、不快に感じるんじゃないかな?」
意味深に。過剰なほど挑発的に。
試すような口調で締め括った摩子さんに、案の定、凛介は眉間に皺を寄せた。自分の為じゃなくて、あたしの為に怒っているのは、一目瞭然。
でも、別にいいの。
「凛介」
だからあたしは、名前を呼ぶ。
あたしは気にしていないから。
あたしは気にすることができないから。
いまは、まだ――。
「……そういう摩子さんは、どう思ってるんです?」
結局、否定も肯定もすることなく、凛介はぶっきらぼうに聞き返すに留まった。
「私かい?」
対する摩子さんは、悪びれた様子は一切無く、次の言葉を紡ぐ前にカップに唇を付けた。が、やっぱりすぐに離してしまう。
残された湯気が、電灯の白に同化していく。
猫舌なんだから、もう少し冷めてから飲めばいいのに――と思う。
けれど、こういうところは凄く人間味が溢れている。さっきみたいに時折見せる得体の知れない雰囲気との、釣り合いを取っているかの如く。
さておき。
確かに聞いてみたいと思った。
〝ひねくれ者〟を自称するこの人は。小坪さんの対極の位置に居るようなこの人は、いったいどんな風に思っているんだろう?
「私はね、ぜーんぶ言い訳だと思ってるよ」
予想通り――予想斜め上の答えだった。
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