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【本日の御予約】 小坪巴 様 ①
「とうとう四月は一人もお客さん来なかったですね」
バイトの休憩時間。
といっても、あまりに暇すぎて常に休憩しているようなモノなのだけれど、お昼を食べ終わったあたしと摩子さんの前にミルクティーの入ったカップを並べながら、凛介がそんな事を呟いた。
ようやく見慣れてきた、凛介の板前姿。
あたしはあたしで「仕事着にしてよ」と渡された、どう見ても高そうな茜色の袴を着ていて――袴姿のあたしと摩子さん。それに古風な板前姿の凛介が揃うこの空間は、見る人によっては懐かしさを感じる空間になっている……かもしれない。
摩子さん曰く、店の雰囲気づくり……とのこと。
その辺の感性は良くわからないというのが本音だ。
「なに言ってるの凛くん。お客さんなら、みちるちゃんが来てくれたでしょ」
いきなり名前を呼ばれて、あやうくミルクティーをこぼしそうになった。間一髪のところで袴に染みを作るという失態は回避する。
「えっと――いや、まぁ。そうですけど」
あたしの代わりに曖昧な返事をしてくれた凛介に摩子さんの相手を任せ、改めてカップに口をつける。
お客さんと呼べるかは怪しいけれど、確かにあたしは四月の頭にこの店を訪ねた。
世話焼きの彼氏に世話を焼かれて――という形だったから、決して自らの意思ではなかったけれど、確かに自らの足でこの店の戸を潜った。
その時まで、あたしはとある問題を抱えていた。
高校時代から始まった怪奇現象。
悩むことを諦めて、放置していた厄介事。
しかしこの店で〝おもてなし〟して貰ったことによって――厳密にはそれだけじゃないけれど――抱えていた問題は、一応の解決を迎えた。
その〝おもてなし〟に対する御礼として、あたしはこの店『民宿・うらおもて』でアルバイトすることを決めたのだった。
問題の解決。
解決。
とはいえ、高校時代からずっとその問題と付き合ってきたあたしとしては――悩むことを諦めて、一度は受け入れてしまったあたしとしては、解決した実感は……まだ薄い。
だって。
本当に問題が解決したかは、問題が起こらないとわからないから。
しゃっくりが止まったかは、しゃっくりが出ないとわからないのと同じ。
そんな感覚で、そんな状態。
ただまぁ、再発はしていない。
今のところ――。
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