【本日の御予約】  小坪巴   様 ⑥

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「なにが大したことないですか……。これ以上ないくらいひねくれてますよ」  凛介が感嘆にも似た呆れ声を上げる。 「うん? そうかな?」  しれっと受け流す摩子さんに、苦笑いの凛介。お互いが否定の立場なのに議論が熱を帯びるのは、なんだかちょっと不思議だ。 「まあ俺も肯定派じゃないんで、摩子さんの考え方に共感できるところはありますけど――それでも、その。たとえ言い訳だったとしても、ああいう言葉って妙に説得力ありません?   えっと、なんて言えば良いのかな……。  こう、からチカラを感じるっていうか……?」  思考をうまく言語化できないのか、凛介は一つひとつ言葉を探している様だった。  そんな煮え切らない言葉さえ、摩子さんは容易に補完してしまう。 「言葉にを感じたとしたら、それは必然、が付加したモノだよ。  言葉が独りでにチカラを得るなんてのは、とても稀なことなんだ。私だって本物の言霊(コトダマ)には、まだ遭ったことがない。  熱の高い人間が発するから言葉に熱が移るのさ。逆もまた然りだね」 「……逆?」  会話に付いていきたくて、あたしも尋ねてみる。 「熱の低い人間――例えば、絶望の淵に立っている人間の言葉には、相応の悲壮感が宿るって意味だよ。もし仮に、そんな人間が熱を持った言葉を口にすれば、熱をいくらか冷ましてしまうだろうね」 「……なるほど。まあ絶望している人間は、やればできるなんて、口が裂けても言わないと思いますけど」  何気なくといった風に呟いた凛介に、しかし摩子さんは大きく頷いた。 「うん。要はそういう事なんだよ。  熱い人間、冷めた人間、それぞれがそれぞれに選びやすい言葉が存在する。熱い人間は選んだ言葉を温め続けるし、冷めた人間は冷やし続けるだろう。意識的、無意識的にかかわらずね。  結果として、言葉にはが設定される。  もし言葉そのものから感じるモノがあるとすれば、それは特別なチカラじゃない。誰かの――その残滓(ざんし)だよ。  特定少数ではなくて、不特定多数の、のね」  。  きっとそれこそが、あたしに欠けているモノ……なんだろう。  あたしは決して熱くない。かといって冷たくもない。ただただ、無温。  だからあたしの言葉は、つまらないのだ。  発する言葉には――熱が宿っていないのだから。 「…………………」  対して、小坪さんはどうなんだろう。 『どんな事があっても、やり遂げてしまうのだろう――』  それが小坪さんの言葉から感じ取った結論だった。  ならば。  あの結論も、不特定多数の誰かが残した熱量によるものだったのだろうか?  違う……と思う。  ……と思う。  惚慕蕩萌の――他の誰でもない小坪巴の言葉だったから、あたしはなんて熱い感想を抱いた。  そんな風に思うのだ。  つまりそれだけの熱量を――たった一人で言葉の熱を上書きしてしまうほどの膨大な熱量を、小坪巴というが持っていたのではないか、と。 「……その逆は、ないんですか?」 「逆、というと?」  さっきのあたしと同じ反応をした摩子さんに、訊いてみる。 「その、不特定多数じゃなくて。たった一人のが、言葉の温度を決めてしまう、みたいな」  刹那。摩子さんがと笑った……気がした。 「。とは言えないけど――」  中途半端に言葉を切って、摩子さんは再びカップに口を付けた。  今度は唇がすぐに離れることは無くて、摩子さんがコーヒーを飲む間、しばらくの空白が生まれる。  まるで、この空白があたしの興味を最大限引き上げると、最初から知っているみたいだった。
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