【本日の御予約】  小坪巴   様 ⑥

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「失敗したのではない。一万通りのうまくいかない方法を見つけたのだ」 「はい?」 「かの偉人アインシュタイン――じゃなかった。トーマス・エジソンの言葉だよ。みちるちゃん知らない?」 「いえ、さすがに知ってますよ……?」  いきなり何の話が始まったのかと思った。  急に梯子を外される感覚には身に覚えがある。摩子さんと出会って一ヶ月が経ったけれど――この人との会話は相も変わらず一筋縄じゃ進まない。 「あの名言を聞く度に私は思うんだよ。偉そうなことを言っているけど、エジソンも研究室の中じゃ『また失敗した!』って泣き叫んでいたに違いない、ってね」 「……摩子さんのせいで名言が台無しです」  いつになくひねくれている摩子さんに、凛介が的確な一撃を入れる。 「おやおや、言ってくれるね」  可可っと笑って、摩子さんは空になったカップをテーブルに置いた。 「でも、そう。凛くんの言う通りだよ。あの言葉は〝ひねくれ者(わたし)〟が口にしても名言にはならなかったってこと。  大発明という成功が生み出した――その前提条件は欠かせないけどね、同時にエジソンが心の底から人間だったから、言葉にその分の熱が宿ったんだよ。  だから、そうだね。みちるちゃんの言うような、たった一人のによって言葉の熱が決められてしまうことは、よ」    ただし。そう続ける声音は、一気に低くなった。 「言葉の温度をたった一人で決めてしまうような――意図せずに名言を生み出してしまうような人間は、その時点でとは呼べないだろうね。  だって、エジソンを。福沢諭吉を。北島康介を。  人々はとは評価しないよね?  彼らのような人間を、私たちは畏敬(いけい)を込めてと呼ぶ――」  あるいは〝異常者〟とね。 「……っ」  ゾクリと。  背中から首元まで、びっしりと鳥肌が立った。  敢えて口にしたとしか思えない〝異常者〟という単語を耳にして、先月の出来事を思い出さないのは、不可能だ。  ならば。  つまり。  ……なんだろうか? 「それって……」  意を決して放ったあたしの問いを――しかし電話の着信音が遮った。 「ああ、私が出るよ」 「あっ……」  訊きたかった質問と、あたしが出ますの一言。そのどちらも言えないまま、視線だけが摩子さんを追いかける。  すぐに摩子さんが戻ってきてくれれば、改めて訊ねる機会もあっただろうけれど、そのまま長話になる雰囲気を感じ取ったのか、凛介も後片付けを始めてしまった。  独り残されて――もう一度、考える。  確証はない。あるのは、あたしという不安定な人間の不確かな直感だけだ。  ……でも。不鮮明な感覚も、繋ぎあわせることで一応の答えを導き出すことができる。そしてその答えならば、違和感にも納得がいくし、と思っていた部分を補える。  だったら、やっぱり……だと思う。  つまり、。  。つまり――  小坪巴は、あたしと同じ〝異常者〟なのだ。
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