【本日の御予約】  小坪巴   様 ⑦

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【本日の御予約】  小坪巴   様 ⑦

 四日目は、例年の最高気温を更新する夏日となった。  背中に不快な汗を感じながら、あたしは夕食後の皿洗いを手伝っている。  空調が届かない厨房では水の流れる音だけが清涼剤だ。  小坪さんは今日も部屋から出てくることは無かった。  五日間のうちの四日目ともなれば、執筆も追い込みに入っているのだろう。  それに数字で表せばもう一日残っているけれど、明日は午後までにチェックアウトの予定になっている。行きと帰りを含めた四泊五日には、満足にと呼べる時間は用意されていなかったという事だ。    改めて、本当に書き上げることができるのか、疑問に思う。  同時に、小坪さんならやってしまうのだろう、とも思う。  小坪さんのことを詳しく知っている訳でもないのに確信めいたモノを感じるのは、やっぱり彼女の〝異常性〟が為した業――。 「……でも」  呟く。  あたしは、あたしに、疑問を抱く。  昨日は勢いでだなんて思ってしまったけれど――よくよく考えてみれば……同じはずがない、と。  だって小坪巴(こつぼともえ)は――浦面摩子(うらおもてまこ)の友人なんだから。  長い付き合いだと言っていた。『うらおもて』には毎年泊まりに来ているとも。  だったらなおさら、あたしと同じはずがない。摩子さんが〝異常性〟に気付かないはずがないし、ましてや〝あやかし〟を放っておくなんてありえない。  そう思うのだ。  だから、そうだ。  小坪さんの肩に触れた際に感じた〝高熱〟は、ただ彼女の体温が高かっただけ、なんだろう。  なまじ〝あやかし〟の存在を知ってしまったあたしは、あの〝高熱〟を〝あやかし〟の仕業だと思った訳だけれど――摩子さんが解決しているはずなのだから、やっぱりあたしの勘違いだったに違いない。  と。自分の意見に自信が持てないのも〝からっぽ(あたし)〟を悪いところだ……。  まあ、いまさら気にすることはないけれど。
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