【本日の御予約】  小坪巴   様 ⑦

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「みちるちゃーん」  呼ばれて、皿を拭いていた手が止まる。 「はーい。なんですか?」  隣で洗い物を続けている凛介に後を任せて厨房を出ると、摩子さんは封を切ったばかりのダンボールからペットボトルコーヒーを引っ張り出しているところだった。 「何度も頼んじゃって悪いんだけど、巴に食後のコーヒーを届けて貰えるかな?」  そんな言葉と共に、あたしはペットボトルを受け取る。  蓋を開ける――そんな些細な力仕事さえ、摩子さんのは得意としていない。 「ああ、それと。風呂くらい入れって言っといてくれる? どうも巴のやつ、昨日も入ってないみたいなんだよね。明日は昼前に帰る訳だし、身だしなみくらい整えろって伝えといてよ」  やれやれといった風に摩子さんは眉を八の字に曲げた。 「えっと……、頑張って伝えます」 「うん、よろしく。それが済んだら今日はもう凛くんと上がっちゃっていいからね」  もうそんな時間なのかと、壁掛けのアンティーク時計を見やる。  時刻は午後八時を少し過ぎていた。  いつも時間が早く感じるのは……なんでだろう。  ともあれ。  この日最後の仕事に向かうべく、さっそくあたしは御盆を手に取った。上に乗せるのは当然ながら氷たっぷりのアイスコーヒーだ。  階段を登るあたしに不安定さはすでに無い。  昨日からずっと差し入れを届け続けた結果、いつの間にか慣れてしまったのだ。まあ、板張りの廊下だけはどうしても音が鳴ってしまうけれど。  こんな特技が身に付くなんて一ヶ月前は想像さえしていなかった。  でも、悪くない。  だってこれは〝からっぽ〟なあたしがこの店でと言えなくもないから――。  なんて事を考えているうちに、あっという間に客室にたどり着いた。 「小坪さん、食後のコーヒーいかがですか?」  こんな声掛けも慣れたモノだ。  小坪さんが毎回快く受け取ってくれるのもあって――なんだか、あたしがあたしじゃないような感覚さえ湧いてくる。  ……ただし、今回は少し様子が違った。  いつまで経っても返事がないのだ。  声が小さかったのだろうか?  そう思って、もう一度、声量を上げてみる。 「小坪さーん?」  それでもやっぱり、声は返ってこない。  こんなこと一度もなかったのに。  もしかして眠ってしまったのだろうか?  出直すべきかと考えて――こんな時でさえ、あたしはすぐには。  かといって、小坪さんが起きるまでここに居る訳にもいかない。 「……、」  必死に考えて、なんとか一つの結論を出す。  本当に眠ってしまったのか確認だけしておこう、と。  摩子さんから伝言を預かっているし、それにもし起きているなら帰る前に挨拶をしておきたいし……と、自分で自分に言い訳をしながら、音を立てずに襖を開ける。 「……え?」  もはやお馴染みとなった暴力的な冷気が一気に噴き出してくる。  けれど、あたしの全身は――別の原因で鳥肌を立てていた。  ノートパソコンの前で、小坪さんが倒れていた。
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